引馬城主に『由廣』の誕生祝いに大凧『由廣』の名を入れて城中高く揚げたのが始まりとされている。


城下で凧揚げが盛んになる。


浜松と豊橋で凧揚げ合戦が端午(5月5日)に行われる。


大凧を揚げるようになり、凧の模様、凧印が各組で決められる。


浜松まつりの運営を行う統監部が結成される。 


初めての御殿屋台が、野口町、八幡町で落成せれる。

戦争のために凧揚げを中止する。


戦後初めて凧揚げが行われる。


凧揚げまつりを浜松まつりに改名される。浜松市の4団体による浜松まつり本部が組織される。


まつりの期間が5月1日〜5日から3日〜5日の3日間に短縮される。


人口50万人突破達成記念 富士山で凧揚げが行われる。


浜松まつり入出3日間で200万人を突破(参加町79カ町)


浜松まつり会館完成
浜松まつりの由来