←ホームに戻る
能作業の小屋(研究業績)
平成290330日現在(この業績書も家内が入力してくれています。。感謝です。)
「科学研究費報告書」(平成15年ー17年)をアップロードしました。よろしく御教示ください。
←ホームページに戻る

(その2)

 

 

                 

平成29  330

 

                                    氏   名 飯塚 恵理人 印

事     項

年 月 日

概        要

(学校関係の業績)

 

 

1.    学生能楽鑑賞会の実施とイヤホンによる能楽解説の実施


平成91

椙山女学園大学で長田驍師による能「忠度」を行い、学生250名に見せた。同時にイヤホンガイドによる解説を行った。学生によるアンケートを行い、そこから大学生向けの能楽の教材を作成した。

2.    愛知県立大学非常勤講師

平成184月~

平成193

愛知県立大学にて「国文学研究(中世)」と「国文学史(古典)AI II」を講義した。

 

3.    椙山人間学研究センター「人間講座」講師

平成189

椙山人間学研究センター主催の第二回「人間講座」の講師として、「『芸どころ』を支える名古屋の人々―尺八いま・むかし」の題で講演および西園流・明暗対山流の岩田律園師、現代尺八奏楽者岩田恭彦氏の実演を行なった。

 

4.「平成21年度教員免許状更新講習」講師

平成218

平成21年度教員免許状更新講習の選択領域講座「ワークショップ:日本文化を伝える」の3時間分を「能と和楽器」のタイトルで講義・実演・指導した。

 

5.愛知江南短期大学非常勤講師

平成2111

平成2210

平成2310

愛知江南短期大学にて平成212223年度後期「日本文化」を講義した。(それぞれ全12回中1回分)

 

6.天理大学非常勤講師

平成229

平成239

平成249

平成259

平成269

平成279

平成289

平成299

(予定)

 

天理大学にて平成2228年度「演劇と人間」を講義した。(集中講義)平成29年度は予定。

 

7.江南市立西部中学校校外学習

平成2311

江南市立西部中学校1年生を対象として、「伝統文化」を講義した。

8.尾張旭市立東中学校事前指導講師

平成253

尾張旭市立東中学校2年生を対象として、修学旅行狂言鑑賞会の事前講座「狂言を楽しむ」の講義を行った。

 

9.放送大学非常勤講師(面接授業担当)

 

平成2810月~平成293

放送大学非常勤講師(面接授業担当)として「能楽鑑賞入門」を実施した。

 

 

 

(上記以外、一般向けの実績)

 

 

1.    名古屋能楽堂展示企画運営委員

平成94
~平成113

名古屋能楽堂展示室の企画展、特別展、展示物の選定、解説文作成を行った。
また平成113月の特別展「近代愛知の能楽」では展示品解説のため、同名の講演会を行った。

 

2.    知立市生涯学習講座講師

 

平成10
6
月~9

「知立市生涯学習講座」、「知立市図書館教養講座」において能のビデオを鑑賞しつつ、能の見所について解説した。

3.    名古屋市芸術祭選考委員会委員→平成27年度より名古屋市芸術賞有識者懇談会に名称変更

 

平成149

~平成193

平成27,28年度(平成27年度より任期はなく年度ごとになる)

 

毎年9月から11月に行われる名古屋市芸術祭における名古屋市芸術賞の伝統芸能部門の選考委員を勤めた。

4.    東海テレビ「アングル なごや八見伝 能の魅力」出演

平成16131日放送

番組において能楽に親しむ若者を紹介するとともに、名古屋能楽堂を紹介、名古屋における能楽享受の歴史を解説した。

5.    名古屋能楽堂能楽講座<中級>講師

 

平成1812

平成191

平成201112

平成2610

 

名古屋能楽堂の一般向け能楽講座の講師として、平成18年度(全五回中第一回目と第五回目)、平成20年度(全五回中第一回目)、平成26年度(全五回中第二回目)を担当した。

 

6.    伊勢市一色の翁舞調査委員会委員

 

平成184月~平成203

 

伊勢市教育委員会組織の「一色の翁舞の調査委員会」委員として調査、「一色の翁舞調査報告書」(平成203月発行)第三章第一節執筆。

 

7.「名古屋市芸術文化団体活動助成審査委員会」委員

平成184月~平成243

 

名古屋市の芸術文化団体への助成を決める審査委員会の伝統芸能分野の審査委員を務めた。

8.「名古屋能楽堂開館10周年記念 特別企画展 『伊勢門水展』」協力

 

平成198

名古屋能楽堂の開館10周年記念として行なわれた特別企画展である「伊勢門水展」の企画およびコーディネートに携わった

9.財団法人名古屋市文化振興事業団発行「なごや文化情報」編集委員

 

平成194月~平成253

 

財団法人名古屋市文化振興事業団が月1回発行する小冊子「なごや文化情報」の編集委員および執筆を担当。署名記事として288号(平成202月発行)の「街角余話」、291292号(平成2056月発行)の「この人と…新内京派家元 新内勝知与さん(上)(下)」、297号(平成2011月発行)の「名古屋の山車」、300号(平成213月発行)の「荒俣宏さんに伺う名古屋開府400年」、303304号(平成2156月発行)の「この人と…西川右近さん(上)(下)」、315316号(平成2267月発行)の「この人と…河村総一郎さん(上)(下)」、325号(平成234月発行)の「ピックアップ」、326号(平成235月発行)の「伝統文化の新しい形」、327328号(平成2367月発行)の「この人と…平塚芳朗さん(上)(下)」、329号(平成238月発行)の「ピックアップ」、331号(平成2310月発行)の「狂言でござる―狂言共同社と尾張の狂言」、335336号(平成2423月発行)の「この人と…岩田西園さん(上)(下)」、344345号(平成241112月発行)の「この人と…加野昭二郎さん(上)(下)」、349号(平成254月発行)の「ピックアップ」、350号(平成255月発行)の「名古屋市芸術創造センター<創造活動サポート事業>『第38回名古屋長唄大会』青少年育成事業について」を執筆

 

10.名古屋市「椙山女学園大学連携講座」講師

平成1910-12

平成2010-12

平成215-6月、10-12

平成2210-12

平成2310-12

平成249-12

平成2510-11

平成2610-11

平成2710-11

平成289-11

椙山女学園大学と名古屋市生涯学習推進センターの共催である大学連携講座で、「能楽鑑賞入門」を全6回行った。

平成19年度後期:平成191012

平成20年度後期:平成201012

平成21年度前期:平成2156

平成21年度後期:平成211012

平成22年度後期:平成221012

平成23年度後期:平成231012

平成24年度後期:全5回で、タイトルは「芸どころ名古屋の能・狂言」

平成25年度は産学官連携講座として全6回のうち3回(11/1511/2211/29)を行った。

 平成26,27,28年度後期:全5回で、タイトルは「能楽鑑賞入門」

 

11.「能狂言が見たくなる講座 第3回」講師

平成221

豊田市能楽堂主催の「能狂言が見たくなる講座 第3回」で「能楽見聞録~江戸から現代までの東海能楽史~」の題で講義した。

 

12.「芸どころ名古屋を語る集いⅣ」講師

平成223

東海三曲演奏家の会主催の「芸どころ名古屋を語る集いⅣ」で「戦前、戦後の筝曲、三曲から―その発展と変質・進化をさぐる―」の題で講演した。

 

13.三井住友銀行SMBCパーク栄セミナー講師

平成223

平成232

平成254

平成2711

 

三井住友銀行と椙山女学園大学の連携講座として行われたSMBCパーク栄セミナーで能楽鑑賞の講義をした。

 

14.安城市歴史博物館連続講座講師

平成2249

 

安城市歴史博物館の平成22年度連続講座として「能の観方・楽しみ方」という講座を全6回行った。

15.石川県立能楽堂「観能の夕べ」(平成23年度は「夏の観能の夕べ」)解説

平成228

平成238

平成248

平成257

平成268

平成278

平成288

 

いしかわの能楽鑑賞事業実行委員会主催の「観能の夕べ」の解説を行った。平成22年は87日と828日の2回、平成23年は813日の1回、平成24年は811日の1回、平成25年は720日の1回、平成26年は816日と830日の2回、平成27年は815日の1回、平成28年は813日の1回であった。

 

162010年東海民放クラブ秋の懇話会講師

平成2211

東海民放クラブ主催の会において「『芸どころ名古屋を探る』虎造・勝太郎の時代」の題で講演した。

17.四日市能「能楽セミナー」講師

平成2211

平成2311

平成2611

「(財)四日市市まちつくり振興事業団」、「能と狂言に親しむ会四日市研究会」主催の「能楽セミナー」(各全3回)で講演した。

平成22年:第3回目「能『葵上』の見所」

平成23年:第3回目「能『鉢木』の見どころ」

平成26年:第3回目「スーパー能『世阿弥』の楽しみ方」

 

18.豊田市コンサートホール・能楽堂企画運営委員会委員

平成234月~現在に至る(平成293月まで)

(財)豊田市文化振興財団が豊田市コンサートホール・能楽堂において開催する事業の企画・芸術文化の普及啓発を進めるための企画運営委員会の能楽担当を務めている。

 

19.愛知県史編さん委員会特別調査委員

平成234月~平成263

愛知県史の編さんに関わり、近代史社会文化部会が実施する調査・資料の収集と検討に加担する。

20.名古屋華舞台「新作甲冑能 『信長』」解説

平成2312

名古屋能楽堂で開催された「名古屋華舞台」における「新作甲冑能 信長」の事前解説を行った。(主催:中京テレビ)

21.豊田市能楽堂新春能解説

平成241

豊田市能楽堂新春能の狂言「三本柱」・能「養老」の事前解説を行った。

22.小牧山薪能FMラジオガイダンス解説

平成249

愛知県小牧市主催の「小牧山薪能」で能「吉野天人」「土蜘蛛」のFMラジオによる解説を行った。

23.名古屋能楽堂「定例公演事前学習講座」講師

平成2410

名古屋能楽堂の「10月定例公演事前学習講座」として能「枕慈童」の解説を行った。

24.日進市「椙山女学園大学連携講座」講師

平成251-3

椙山女学園大学と日進市生涯学習課の共催である大学連携講座「メディアが変えた古典芸能―ラジオ放送を中心に―」を全4回行った。

 

25.シンポジウム「伊勢商人川喜田家代々の文芸活動」パネラー

平成253

石水博物館の「伊勢商人の文芸活動」展(会期:平成2528-47日)の一環として316日に行われたシンポジウムのパネラーとして参加した。

 

26.作野公民館「高齢者教室」講演

平成256

平成266

愛知県安城市作野公民館主催の「高齢者教室」で

平成25年「能・狂言の楽しみ方」

平成26年「歌舞伎の楽しみ方」

という演題で講演を行った。

 

27.「サロン・ド・じゅらく」文化教養講座 講師

平成257

サロン・ド・じゅらく主催の文化教養講座で能「安宅」について講演を行った。

28.やっとかめ文化祭 まちなか寺子屋「名古屋の能楽の歴史とワキ方ワークショップ」

 

平成2511

名古屋における能楽の普及を目的に「名古屋の能楽の歴史とワキ方ワークショップ」というタイトルで講演した。

29.古典の日制定記念演奏会 講演講師

平成2511

名古屋市短歌会館主催「古典の日制定記念演奏会」のオープニングで、「『明治以後の名古屋の三曲』とその将来について」というタイトルで講演を行った。

 

30.能「覇王」原作

平成268

30回恵那市制10周年記念いわむら城址薪能(平成26823日開催)で上演された能「覇王」(シテ:辰巳満次郎師)の原作を執筆した。この経緯については「岐阜新聞」201482日朝刊14面に執筆記事が掲載された。なお「覇王」は平成278月のいわむら城址薪能でも上演された。

 

31.55回日本風俗史学会

平成2611

55回日本風俗史学会での大会実行委員長とシンポジウム「名古屋文化を探る」の司会進行を務めた。

32.稲沢市成人大学(教養講座)講師

平成276

平成286

 

愛知県稲沢市教育委員会主催の「成人大学(教養講座)」で

平成27年「能狂言を楽しむ」

平成28年「陰陽師と能楽―能「鉄輪」を楽しむ―」

という演題で講演を行った。

 

33.中生涯学習センター主催講座講師

平成277

 

 

名古屋市中生涯学習センター主催で「芸どころ名古屋の始まり~名古屋の芸能の歴史~」という演題で講演を行った。

 

34.古典の日記念講演会講師

平成2710

平成2811

名古屋市短歌会館主催「古典の日記念講演会」で講演を行った。タイトルは以下の通り。

平成27年「昭和戦前の名古屋の筝曲・三曲―名古屋で録音された筝曲・三曲蓄音器機レコード音源から―」

平成28年:「名古屋の古典芸能の今日・明日」

 

35.石川県民大学校連携講座「能楽講座」講師

平成2710

平成289

石川県立能楽堂主催の「能楽講座」で講演を行った。

演題:平成27年度「『巻絹』について」

   平成28年度「『江口』を楽しむ」

 

36.中川生涯学習センター主催講座講師

平成282

 

 

名古屋市中川生涯学習センター主催「<なごや学>伝えたい、名古屋の言葉の文化~歴史を学び、文化にふれることを通じて~」講座のうちの一回「様々な言葉の文化が開いた名古屋」という演題の講演を行った。

 

37.「鳴るは滝の水」企画協力

平成289

平成28918日、愛知芸術文化センターで行われた能楽・ピアノ・デジタル音楽のセッション「鳴るは滝の水」(主催:能楽表現研究会)に企画協力した。

 

38.安城市文化財保護委員

平成285月~304

 

安城市の文化財調査・保存事業等を行う文化財保護委員を務めた。

 

 

 

 

著書、学術論文等の名称

単著、共 
 

発行又は発表

の 年 月

発行所、発表雑誌等又は発表学会等の名称

              

(著書)

 

 

 

 

1.    謡曲の和漢朗詠集受容

共著

平成53

発行所:奇呆虎洞
発売元:有精堂出版

共著者:芹川靹生 飯塚恵理人(共同研究につき本人担当部分抽出不可能)
室町時代までに成立したと考えられる謡曲全てを対象にして、和漢朗詠集の漢詩文が引用された受容例を調査し、索引を付した。また、謡曲に引用された朗詠の漢詩文を堀部正二氏の訓に従って書き下し、作者・出典について再調査をし、それを所収する書名及びそのページを付した。基礎調査を芹川が担当し、朗詠本文の書き下し、作者・出典・受容例の再調査及び原稿・索引作成を飯塚が担当した。(本文:P.1203,索引:P.160

 

2.    東海能楽年鑑 
平成五年版

 

共著

平成610

東海能楽研究会

編集、番組一覧・人物索引・演目索引の凡例、および校正を本人担当。抽出不可能。
平成5年度に愛知、岐阜、三重の東海三県で行われた能楽師主催の能番組を調査・収集し、番組一覧を作成すると共に、ワークステーション上でデータベース化し、演目索引と人名索引を作成し、掲載した。さらに平成5年度の東海地域における能楽界の動向についての資料も掲載した。(本文:P.1174

 

3.    「江口」の方法-普賢菩薩を「観る」奇特-

単著

平成91

『日本古典文学の諸相』 桑原博史編

勉誠社

世阿弥作とされる能「江口」におけるワキ僧の「弔い」の機能を考察し、ワキ僧がシテを普賢菩薩と見ることができる尊い僧であると共に、それにより極楽往生が約束されているという二重の意味が与えられていることを明らかにした。またそのようなワキ僧に江口伝説の性空上人ではなく、西行を暗示できるよう世阿弥が「江口」の本文へ和歌を導入したと考えられることを示した。

P.612632を本人執筆。(本文:P.1717

4.    東海地域能楽番組一覧 明治元年-昭和26

共著

平成97

東海能楽研究会

凡例を本人担当。抽出不可能。
明治元年から昭和26年までに愛知、岐阜、三重の東海三県で行われた能番組を調査・収集し、地域別、年代別に一覧すると共に、データベース化し、演目索引、演目頻度一覧、人名索引を作成した。(本文:P.1458

 

5.    近世能楽史の研究-東海地域を中心に

単著

平成112

雄山閣出版

江戸~明治時代にかけての近世における、名古屋を中心とした地域文化である東海地域の能楽について、尾張藩御役者の各家の代々の事績や、寺社・町方で行われた能形態の芸能を、地元史料を用いて調査・考察し、近世東海地域における能楽の広がりと享受の形態を明らかにした。(本文:P.1458,索引:P.460468

 

6.    明治 鬼頭家書翰集

共著

平成123

東海能楽研究会

名古屋在住の観世流太鼓方鬼頭家の明治・大正期の当主、鬼頭八郎・為太郎と当時の観世流太鼓方宗家観世元規との六百通以上の往復書簡を翻刻した。明治期の能楽界の内情をつぶさに語る第一級の資料である。(表:P.128、本文:P.1552

 

7. 泉祐三郎の今様能楽―新城興行を中心に―

単著

平成1210

『日本の風と俗』 日本風俗史学会編 つくばね舎

明治から大正にかけての「今様能楽」の役者、泉祐三郎が、愛知県の新城で興行を行った際の実態について検証し、当時の旅興行を行うためのシステムとそれにかかわる町衆の存在について考察した。

P.382393を本人執筆。(本文:P.1479

 

8. 近代名古屋の能楽を支えた人々(一)(二)(三)

共著

平成137

東海能楽研究会

編集を本人担当。抽出不可能。
明治元年から昭和63年までに愛知、岐阜、三重の東海三県で行われた能番組を調査・収集し、地域別、年代別に一覧すると共に、データベース化し、演目索引、人名索引を作成した。(本文:P.12390

 

9.   夢幻能の方法と系譜

単著

平成142

雄山閣出版

世阿弥作の夢幻能を対象として、各曲の先行作品との比較分析を行った。世阿弥の工夫した劇作方法は、その時代に享受されていた先行する文学ジャンルの方法を無理なく取り入れるという方法であったこと、そして文学作品の方法を約束事として取り入れることが非常に自然であったため、世阿弥自身には「夢幻能」という一ジャンルを作ったという意識すらなかったであろうということ、また観客の好みや上演時間の制限によって、いつでも時間を伸縮させることができるよう台本の記述方法にまで気を配っていたことを明らかにすることができた。

(本文:P.1454

 

10.   能の「本説」―和歌と和歌説話を中心に―

単著

平成15年4月

『古代中世文学論考 第九集』 古代中世文学論考刊行会編 新典社

中世における和歌の解釈と、その和歌を用いて能の「筋」を作る方法を吟味したが、その中には和歌の世界を追体験させつつ本来の和歌の心とは異なる「筋」にするものなど、順当な和歌解釈からは生まれないものがあり、これらが「作り能」として受け入れられていたことを示した。P.266283を本人執筆。(本文:P.1285

 

11.  《船弁慶》の虚構―「平家の怨霊や強かりけん」―

単著

平成2011

『古代中世文学論考 第二十二集』 古代中世文学論考刊行会編 新典社

《船弁慶》は『義経記』『平家物語』素材としているが、特に義経の都落ちの理由とその経過に大きな脚色を施している。その脚色により能《船弁慶》はより義経を勇敢かつ正義感あふれる人物にし、ストーリーをハッピーエンドにしている。P.277299を本人執筆。(本文:P.1299

 

12.近代能楽史の研究-東海地域を中心に―

単著

平成212

大河書房

明治維新から昭和初頭までの名古屋を中心とした東海地域の「近代」の能楽について、明治維新による変革、さらに新聞・ラジオ・レコードというメディアの影響による愛好者や興業形態の変化に着目してその変遷をまとめた。(本文:P.1312,索引:P.313328

 

13.中区周辺の「古典芸能」―ラジオ放送の影響を中心に

単著

平成2212

『名古屋市中区誌』中区制施行100周年記念事業実行委員会

 

名古屋市中区という名古屋一番の繁華街における大正末期から昭和初期の「古典芸能」およびその演者達にラジオ放送が及ぼした影響についてまとめた。

「第2部 第4章 第11節」P.412421を本人執筆。(本文:P.1498

 

14.能・狂言を学ぶ人のために

共著

平成243

世界思想社

本書は能・狂言の研究項目全般にわたり、最新の研究成果を反映させた手引書を初心者に提供することを目的として編まれた。「第一章 歴史3.室町期」P.2636と「5.江戸期」P.44P.56を本人執筆。(本文:P.1287

 

15.愛知県史 資料編35 近代12 文化

共著

平成243

愛知県

愛知県の歴史のなかで明治維新から終戦に至るまでの時代における文化の変遷について有意義かつ広く知られていない資料を収集した。「第四章芸能 第一節古典芸能 一能・狂言」P.608633と「解説 第四章芸能 第一節古典芸能 一能・狂言」P.930931を本人執筆。(本文:P.11010

 

 

 

 

 

 

(学術論文)

 

 

 

 

1.   世阿弥自筆能本における登場人物の役表記をめぐって

単著

昭和6312

筑波大学国語国文学会 「日本語と日本文学」 第10号 
P.11
P.21


世阿弥自筆能本においては、登場人物の役表記が場面・小段の最初に書かれる場合と、それらの途中に書かれる場合で書き分けられていることを指摘し、世阿弥の役表記の書き方の工夫について論じた。

 

2.   夏目漱石と謡曲

単著

昭和6312

筑波大学文芸・言語学系内平岡研究室
「稿本近代文学」
11集 P.8P.30

漱石の日記・書簡および東北大学漱石文庫所蔵の漱石手沢謡本の書き入れから、漱石が謡った謡曲の曲名と曲数について考証し、元来「盲目物」を嫌っていたとされる漱石が、「盲目物」である《蝉丸》を好んで謡っていたこと、下宝生流の「習い物」をよく謡っていたことを明らかにした。

 

3.   世阿弥自筆本「江口」本文考-料紙の継ぎ目と改行をめぐって-

単著

平成元年3

筑波大学平家部会
「筑波大学平家部会論集」 第1
P.36
P.45

世阿弥自筆本《江口》は、6枚の料紙を継いだ「状」の形をとっている。そして、第1紙と第2紙、第5紙と第6紙との料紙の継ぎ目で、内容を3つの部分に分けることが出来る。すなわち、第1紙のワキの登場、第2紙から第5紙までの前ジテ登場から序の舞まで、第6紙の序の舞以降のまとまりである。これよりこの自筆能本は、世阿弥が最初におのおの3つの部分を別々に作成し、それらを継ぐことによって出来た《江口》の原本であることを論じた。

 

4.   『予備兵』『義血侠血』から『滝の白糸』へ-川上音二郎の上演をめぐって-

単著

平成元年11

筑波大学文芸・言語学系内平岡研究室
「稿本近代文学」

13集 P.21P.37

明治2812月、川上音二郎は泉鏡花原作の「予備兵」「義血侠血」を翻案した劇「滝の白糸」を上演した。この川上が上演した最初の「義血侠血」の筋を、当時の新聞の劇評から考証した。そして、この川上初演の「滝の白糸」が、現在、新派で演じられる「滝の白糸」の原形となったことを論じた。

 

5.   『恋重荷』試解

単著

平成元年12

研究と資料の会
「研究と資料」
22輯 P.47P.51


《綾鼓》および《恋重荷》は、どちらも女御に恋をした老人が難題を出され、それが出来なかった為に怨霊となって女御を苦しめるという筋の謡曲である。しかし《綾鼓》では、最後まで女御を呪いつつ怨霊が消えるのに対し、《恋重荷》では一転して女御を守る「葉守の神」となる。この《恋重荷》の結末は、従来不自然であるとされてきた。しかし曲中の「重荷」を、女御に対する「思ひ」すなわち「執着心」と解釈することにより、「重荷」を負うことは仏法的罪苦を負うことになるので、「思ひ」が消滅した後の結末が説明できることを論じた。

 

6.   状と冊-世阿弥自筆能本の体裁について-

単著

平成28

筑波大学平家部会
「筑波大学平家部会論集」 第2
P.37
P.45

世阿弥は自筆の能楽論書を冊子の体裁で、能本を状の体裁で残している。本稿では、自筆能本の全ての料紙の継ぎ目と、前後の内容を吟味した。そして自筆能本《雲林院》《阿古屋松》は中入りと料紙の継ぎ目が一致し、その前後に矛盾する部分があることから、元来別に作成された前場と後場がこの自筆能本作成の段階で結びつけられて一曲を構成したと考えられること、世阿弥が自筆能本を状の形で書いたのは、能の新作・改作を行いやすくするためと考えられることを論じた。

 

7.   「通夜物語」上演をめぐって-明治四十年前後の鏡花評価-

単著

平成211

筑波大学文芸・言語学系内平岡研究室
「稿本近代文学」
15集 P.13P.30

明治40年前後の自然主義全盛期は、鏡花の逼迫期である。しかしこの時期に鏡花の旧作は次々と東京の劇場で上演されていた。本稿では、「通夜物語」の文壇における評価と上演の際の劇評を吟味した。そして鏡花の作品は、自然主義的な文壇には「非写実」と攻撃されたが、劇の観客には自然主義的演劇よりも好まれたことを明らかにした。そして、劇界における名声が鏡花の文壇への復権の足場となったことを論じた。

 

8.   伊勢物語古注釈と『井筒』-有常娘像の変貌

単著

平成42

椙山女学園大学
「椙山女学園大学研究論集」 第23

2部 P.35P.44

世阿弥作の能《井筒》では業平の幼なじみの妻として紀有常娘が登場する。本稿では、伊勢物語の古注釈書における紀有常娘の描かれ方を調査した。そしてこれらの古注釈書に、有常娘は「待つ女」「あだなる女」「業平の幼なじみ」「業平の正妻」として描かれていることを明らかにした。そして世阿弥は「あだなる女」「業平の正妻」の面を除き、「待つ女」「業平の幼なじみ」の面のみを選んで有常娘を造型したことを論じた。

 

9.   伊勢物語古注釈と世阿弥自筆能本『雲林院』の後場をめぐって-二条后像の造形

単著

平成43

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」
16号 P.57P.81

世阿弥自筆能本《雲林院》は伊勢物語の古注釈に基づいた能であり、二条后が伊勢物語の古注釈では「あだなる女」として書かれているが、自筆能本では男に対して受け身な女性として美化して書かれていることを明らかにした。そしてこのような美化の方法が《井筒》と共通している点から、世阿弥は《雲林院》から《井筒》の有常娘の造形を考えついたのではないかと論じた。

 

10.  能における「業平」像-「歌舞の菩薩」「陰陽の神」、そして「遊士」-


単著

平成512

名古屋芸能文化会
「名古屋芸能文化」
3号 P.18P.28



世阿弥・禅竹は伊勢物語に取材した能を制作するときに、当時の古注釈理解に基づいて人物像を設定したと考えられる。しかし古注釈においては「歌舞の菩薩」とされる業平は、世阿弥作である《古作 雲林院》《井筒》《右近》においてそのように造形されてはおらず、「『昔』の男」「遊士」としての類型が与えられていることを指摘した。

11.  明治維新期における尾張藩お抱え能役者の境遇

単著

平成712

名古屋芸能文化会

「名古屋芸能文化」

5号 P.35P.55

江戸幕府に抱えられていた御役者は明治維新によって廃業に追い込まれた者が多かった。しかしながら、尾張藩御役者で特に名古屋住の者では明治になっても能役者として活躍を続ける者が多くあった。本稿では、幕末から明治4年の名古屋藩にかけての御役者の記録を調査し、名古屋藩が御役者を三等兵隊として抱え、家業としては能楽を続けさせたことを述べた。

 

12.  能『井筒』と中世伊勢物語古注釈-「待つ女」等の解釈を通して

単著

平成83

椙山女学園大学 「椙山女学園大学研究論集」 27 「人文科学篇」 P.83P.94

 

世阿弥作の能《井筒》のシテである有常娘の捉え方について、《井筒》の背景となっている、世阿弥当時に流布していた「伊勢物語」の古注釈書に描かれる有常娘物語を再検討し、世阿弥が通常のシテの形態とは異なり、成仏よりも永遠に業平を「待ち得たる」ことにより至福を願う存在として有常娘像を設定したことを明らかにした。

 

13.  高力種信(猿猴庵)著「女謡曲採要集」に観る名古屋の女能-文化三年十月清寿院における興行をめぐって

単著

平成812

名古屋芸能文化会

「名古屋芸能文化」

6号 P.23P.46

文化310月大須清寿院において、京都祇園の芸妓で井上梅野を中心とする一座が女舞曲(女能)興行を行った。この様子を高力種信が絵に描いている。本稿ではこの種信画の「女謡曲採要集」の絵から、当時の女能の芸態について論じた。

 

14.  熊野本宮大社の能楽

単著

平成92

椙山女学園大学生活科学部生活社会科学科 「社会と情報」
創刊号 

P.140P.153

和歌山県東牟婁郡本宮町の熊野本宮大社には江戸時代初期に遡る能面が所蔵されている。また、同社の古絵図には能舞台が記されている。同社に残る古絵図・能面から近世の熊野の能の変遷と能面の特徴について論じた。

 

15.  『藩士名寄』に見る尾張藩御役者の代々(一)-金春八左衛門家・林家(金春喜左衛門家)の役者をめぐって-

単著

平成99

椙山女学園大学生活科学部生活社会科学科 「社会と情報」

2 1

P.117P.130

江戸時代の初期に金春流の尾張藩御役者として抱えられた金春八左衛門家・林家(金春喜左衛門家)について、その初代から廃藩置県を経て明治に至るまでの代々の事績を、各種史料を整理し、御役者の待遇の変化に見られる尾張藩の能楽政策のあり方を考察した。

 

16.  日韓女子大生における生活意識構造

共著

平成99

椙山女学園大学生活科学部生活社会科学科 「社会と情報」

2 1

P.45P.58

 

日韓の女子大生(日本348人、韓国237人)に質問票による調査を行い、両者の間に生活意識の違いが見られるかについて検討した。

17.  高力種信(猿猴庵)著『龍口寺開帳記 附録』に観る「仙助能」の芸態-広小路神明社「龍口」上演を中心に-

単著

平成912

名古屋芸能文化会

「名古屋芸能文化」

7号 P.39P.53

享和から文化年間に名古屋広小路神明社において、四座に属さない能役者である堀井仙助の率いる仙助座が辻能興行を行った。この様子を高力種信が絵に描いている。本稿ではこの種信画の「龍口寺開帳記 附録」の絵から、当時の辻能の芸態について論じた。

 

18.  『藩士名寄』に見る尾張藩御役者の代々(二)-田中源之丞家・安田(宝生)家・大野家・丹羽家-

単著

平成102

椙山女学園大学生活科学部生活社会科学科 「社会と情報」

2 2

P.175P.190

江戸時代に金春流の尾張藩御役者として抱えられながら、途中で宝生流に転流させられた田中源之丞家・安田(宝生)家・大野家・丹羽家について、その初代から廃藩置県を経て明治に至るまでの代々の事績を、各種史料を整理し、考察した。

 

19.  熱田神宮と能役者-宮福太夫と松岡市郎太夫-

単著

平成103

椙山女学園大学

「椙山女学園大学研究論集」 29
「人文科学篇」
P.109
P.120

 

江戸時代の熱田神宮に「猿楽」として神事を執り行っていた宮福太夫の家の事績および主催した勧進能を各種史料を整理し、考察した。また熱田神宮の社家である松岡市郎太夫家が「御役者並」という特殊な登用形態で尾張藩御役者として勤務していたことを明らかにした。

 

20.  《杜若》試解-植ゑ置きし昔の宿の杜若と詠みしも女の杜若になりし謂はれの言葉なり-

単著

平成103

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」

22号 P.73P.82

「伊勢物語」を素材とした能《杜若》のシテである杜若の精の性格設定には、当時流布していた「伊勢物語」の古注釈書の理解である「業平が女性を救う」というモチーフだけでなく、さらに「植物への転生」「植物からの成仏」というモチーフが作者によって新たに加えられ構成されていることを示した。

 

21.  平岩加兵衛家年譜考

単著

平成103

衣の民俗館 「衣の民俗館・日本風俗史学会中部支部研究紀要」  第8号 P.1P.21

 

江戸時代を通じて尾張藩御役者笛役として藤田流と並び抱えられた平岩流宗家平岩加兵衛家について、その初代から廃藩置県を経て明治に至るまでの代々の事績を、各種史料を整理し、考察した。さらに同家に伝わる各代の遺品についても紹介し、八代加兵衛雲田と画家山本梅逸との間に交流があったことを示した。

 

22.  尾張藩御役者木下家年譜考

 

単著

平成104

芸能史研究会

「芸能史研究」
141号 P.73P.83

 

江戸時代後期に尾張藩御役者として抱えられた観世流木下家について、その初代から廃藩置県を経て明治に至るまでの代々の事績を、各種史料を整理し、考察した。

 

23.  尾張藩御役者寺田家年譜考

 

単著

平成105

金剛雑誌会 「金剛」

152号 P.17P.23

 

江戸時代に尾張藩御役者として抱えられた金剛流寺田家について、その三代から明治・大正に活躍した八代左門治に至るまでの代々の事績、各種史料を整理し、考察した。

 

24.  能楽囃子の楽譜化と情報機器を用いた囃子の説明について(1)-<中ノ舞><神舞>を中心に-

共著

平成109

椙山女学園大学生活科学部生活社会科学科 「社会と情報」

3 1

P.32P.41

能楽の囃子は笛・小鼓・大鼓・太鼓の4種類で構成されているが、その「楽譜」にあたる「手附」「頭附」は言葉で記されており、西洋音楽の五線譜になじんた学生達には親しみにくいものになっている。そこで代表的な囃子である<中ノ舞><神舞>をビデオ撮影し、各楽器の旋律を五線譜化した。またこれをコンピューター上でデジタル再生できるようにして、教育現場で能を視覚的・聴覚的に体験しやすいようにし、能楽に対する関心が喚起できるようにした。

 

25.  能楽囃子の楽譜化と情報機器を用いた囃子の説明について(3)-<次第>を中心に-

共著

平成112

椙山女学園大学生活科学部生活社会科学科 「社会と情報」

3 2

P.1P.8

代表的な能楽の囃子である<次第>をビデオ撮影し、各楽器の旋律を五線譜化した。<次第>は他の囃子に比較して、ゆっくりしたテンポを有し、拍の時間的な伸縮が非常に大きい。これを小節の幅に反映し、さらに掛け声のずれも位置で示した。

 

26.  初代藤田清兵衛の芸統-名古屋能楽堂特別展『藤田家伝来名品展』展観資料から-

単著

平成113

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」

23

P.111P.130

江戸時代を通じて尾張藩御役者笛役として抱えられた藤田流の初代藤田清兵衛について、同家に伝わる資料が名古屋能楽堂で特別公開された。その解説と共に、特に重要と思われる資料については翻刻を掲載した。

 

27.  能楽囃子の楽譜化と情報機器を用いた囃子の説明について(2)-<大ベシ><下り端>を中心に-

共著

平成113

椙山女学園大学

「椙山女学園大学研究論集」 30
「人文科学篇」
P.7
P.16

 

今回は、能楽の囃子である<大ベシ>と<下り端>をビデオ撮影し、各楽器の旋律を五線譜化した。<大ベシ>は部分的なテンポの揺れが大きく、合奏を成立させるために指揮者の役割をする太鼓の掛け声や音、間合いが分かりやすく表れている。これに対して<下り端>はフレーズのずれを有する特徴的な曲で全体として複雑かつ抽象的な音楽になっている。

 

28.  能楽囃子の楽譜化から情報機器を用いたマルチメディア教材作成へ

共著

平成113

名古屋音楽大学 「名古屋音楽大学研究紀要」 18号 P.93P.103

教育現場で能を視覚的・聴覚的に自由に体験できるようにするためには、映像だけではなく、笛・小鼓・大鼓・太鼓の4種類で構成されている能楽の囃子をデジタル化する必要がある。これにより囃子の楽譜の電子配信、ホームページへのアップロードが可能になる。そこで代表的な囃子である<一セイ>をビデオ撮影し、各楽器の旋律を、コンピューター上でMIDI音源による演奏ができるように楽譜作成ソフトを用いて五線譜化した。<一セイ>は「拍子」が変化するので、その点を考慮した。

 

29.  古面・能面・狂言面の写真データベースの試作-Ninja 3 Proを用いた能面写真台帳の画像データベースへの転換-

共著

平成113

衣の民俗館 「衣の民俗館・日本風俗史学会中部支部研究紀要」  第9号 P.23P.31

能面の形態の比較によって、時代的な特徴や作者固有の特徴を見出すことは、能楽の歴史を考える上にも重要なことである。しかし能面は能の「道具」であると共に神社などにおいては「御神宝」「御神体」であることも多く、また個人や小規模な団体が管理している事がほとんどなので、実物を複数並べて比較検討することは不可能に近い。そこで能面のデジタル画像をデータベース化することを考え、試作として保田紹雲氏所有の能面写真をNinja 3 ProおよびAccessを用いて画像データベースへ転換した。メモリー量の巨大化、添付する検索語用テキスト型フィールドの検討など課題はあるが、実用的に可能なものができた。

 

30.  能楽画像データベースの作成―古面・能面・狂言面・能装束・狂言装束の画像データベースの試作―

共著

平成116

椙山女学園大学短期大学部 「文化と情報」 第2号 P.19P.25

これまでに能面のデジタル画像をデータベース化することに成功したので、今回は能装束の画像も加え、さらに拡大することを考えた。ソフトは、これまでと同じ「Access」で、例えば曲名を入力すると、その曲のシテが付ける装束と面がそれぞれの画像と共に検索結果として示されるという画像データベースを作成した。基本的な形ができたので、今後は添付する検索語用テキスト型フィールドの検討などに加えて、メニューやマクロ処理の可能なフォームなどの作成も考えていきたい。

 

31.  「夢幻能」への道―経文・説話・絵伝における「夢」-

単著

平成117

日本文学協会 「日本文学」 第48巻 第7号 P.43P.50

夢幻能が観客に受け入れられるには、ワキ僧が夢を見ることの意味と、舞台上で演じている内容がワキの夢中のこととわかる「約束事」が成立している事が重要となる。本稿では「経文」「説話」において、「仏」を夢に見ることは、その僧の成仏が約束されたと捉えられていることを述べた。また「絵伝」において、夢を見るものと、その夢の内容が1枚の絵の中に描かれている事を述べ、夢幻能の舞台上の構図と共通する事を述べた。

 

32.  能楽囃子の楽譜化と情報機器を用いた囃子の説明について(4)-<お調べ>と<真ノ来序>を中心に-

共著

平成119

椙山女学園大学生活科学部生活社会科学科 「社会と情報」 第4巻 第1号 P.1P.8

これまで能楽囃子の楽譜化を行ってきたが、これを教育用ソフトなどに活用することを考えている。その方法の一つとして、本研究では「実際の演奏場面と楽譜が同期に示され、さらに演奏も聞こえる」というマルチメディアタイトルの作成を試みた。画質・音質の点ではまだ改良の余地があるが、パソコン上でも技術的には可能である事が示された。

 

33.  刈谷市立図書館村上文庫所蔵『愛知県人物誌(正・続)』に見る名古屋能楽界の周辺「吾妻能」関係者を中心に

単著

平成1112

名古屋郷土文化会 「郷土文化」 第542号 P.57-P.69

 

『愛知県人物誌』は、愛知県のどこに、どのような「芸」を身につけた人が居住しているかを記したものであり、当時どのような「芸」が流行したかがはっきりわかる。本稿では、この『愛知県人物誌』に載る人物の吟味からは明治初年に行われた能を取り入れた三味線入りの日本舞踊である「吾妻能」と、それが名古屋で行われた背景について考察した。

 

34.  能楽囃子の楽譜化と情報機器を用いた囃子の説明について(5)<早笛><出端><名乗り笛>を中心に―

共著

平成122

椙山女学園大学生活科学部生活社会科学科 「社会と情報」 第4巻 第2号 P.111P.122

これまで行ってきた能楽囃子の楽譜化に加え、本研究ではMIDI規格の導入を試みた。素材には<早笛><出端><名乗り笛>を用いた。MIDI規格の演奏データ作成には「能楽楽器」の音源が既存のソフト上にないことが問題になる。今回は、能管の代替品としてフルートを用いてみたが、ある程度の雰囲気をだすことができた。さらに音質の向上をはかるには、「能楽楽器」の音源ファイルを、これまでのオーディオデータから作成して、データとして添付する必要がある。

 

35.  大須賀鬼卵著『東海道人物志』に見られる能楽愛好者―能楽の伝播と街道沿いの数寄者達―

単著

平成123

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」 第24号 P.53P.66

 

大須賀鬼卵著『東海道人物志』は東海道の各宿場に住む芸能関係の人物を紹介した人名録である。このうち能楽関係者を挙げてみると、島田、掛川、桑名などの宿場に集中して能楽関係者が住んでおり、これらの町に数寄者としての能楽愛好家達が存在し、町人階級へも能楽が浸透していた事が考えられる。

 

36.  情報機器を用いた能楽囃子の説明―オーサリングソフト「Macromedia Director」による試作―

共著

平成123

椙山女学園大学 「椙山女学園大学研究論集」第31号 「人文科学篇」 P.49P.54

本研究においては「実際の演奏場面と楽譜が同期に示され、さらに演奏も聞こえる」というマルチメディアタイトルの作成のため、オーサリングソフト「Macromedia Director」(以下「Director」)を用いた。これまでのものより実用に耐えうるものができたが、まだ視聴者に対して強いイメージを与える動画になっておらず、今後は動画と静止画の効果的な組み合わせを検討すると共に、よりインパクトを与える場面を作成したり、一つ一つの素材をより洗練させる必要がある。

 

37.  東海地域能楽番組データベースの使用プログラム(1)―能楽番組データ検査プログラム"CHECK1"を中心に―

共著

平成123

椙山女学園大学 「椙山女学園大学研究論集」 31号 「人文科学篇」 P.55P.68

研究者らはこれまで東海地域で行われた能楽番組を収集、データベース化してきた。その過程においてデータにつけたタグが不統一になっていることが判明した。本研究ではデータ検査プログラム"CHECK1"を開発し、各タグの検出を行い、内容をチェックした。これによりタグの廃止、新しいタグの作成を簡便に行い、タグの統一を図ることができた。

 

38.  《清経》試解―げにも心は清経が仏果を得しこそ有難けれ―

単著

平成123月 

筑波大学比較理論文学会 「文学研究論集」 第17号 P.1P.14

従来《清経》において、清経がなぜ僧侶の前でなく妻の夢枕に立つのかについて説明された論はなかった。本稿では《清経》は「世の無常を真に悟った人である清経が仏となって、さらに縁者である妻を救いに来る」という作品であることを立証した。これによって世阿弥は、もし修羅能というジャンルを武士が修羅道に堕ちて苦しむ様を見せ場とする曲とするならば、それだけには当てはまらない新しい人物像を作りだすのに成功していることについて述べた。

 

39.  リレーショナルデータベースソフトを用いた能楽データベースの構築

共著

平成129

椙山女学園大学生活科学部生活社会科学科 「社会と情報」 第5巻 第1号 P.27P.37

能面、装束などの画像をデータベースにする試みはこれまでにも行ってきたが、それらをインターネットのようなマルチユーザ利用ソフトにするにはいわゆるリレーショナルデータベースソフトを導入する必要がある。本研究ではOracle社の「Oracle 8 workgroup Server for Windows NT」というリレーショナルデータベースへの、ソフト「Access」で作成ずみの能面画像の格納を試みた。その結果、パフォーマンスに欠点はあるものの、当初考えていた能面画像の検索データベースを構築できた。

 

40.  伊勢物語古注釈の方法―各小段の「女」の実名を中心に―

単著

平成1212

筑波大学平家部会 「筑波大学平家部会論集」 第8集 P.2P.11

伊勢物語本文では「女」という呼称はあっても実名を挙げられている個所はほとんどない。本稿では中世に流布した古注釈上で「女」が誰と理解されているかを検討し、それが他の和歌集や物語に依るものではなく、注釈者が小段の状況からふさわしいと考える女性名をあてたものと考察した。

 

41.  「本説」考―世阿弥能楽論を中心に―

単著

平成133

椙山女学園大学短期大学部 「文化と情報」 第3号 P.45P.53

本稿では世阿弥の「本説」重視の姿勢の土壌について考察した。そして世阿弥が「平家物語」「伊勢物語」を素材とした能を多く作りながら、「源氏物語」を素材とした能を作った形跡がないのは、「実話」をもととした能こそが、本格的な能であるという意識があったのではないかと結論した。

 

42.  《隅田川》試解―我が思ふ人はありやなしやと―

単著

平成133

椙山女学園大学  「椙山女学園大学研究論集」第32号 「人文科学篇」 P.57P.62

《隅田川》は、実話となる本説をもととしたのではなく、「伊勢物語」九段の和歌の、「わが思う人は『ありやなしやと』」の「ありやなしや」を「質問」と捉えて、それに対して「なし」と答える形で新しい筋を作った「作り能」であることを論じた。

 

43.  《砧》試解―法華読誦の力にて―

単著

平成133

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」第25号 P.65P.84

《砧》の末尾で、妻が夫の弔いにより成仏するのは不自然であるという説がある。この説に対して、《砧》の物語は、生前はしっくり行かなかった夫婦が、片方の弔いによって、最後にはともに成仏するという説話のパターンを踏襲しており、不自然な構成ではないことについて述べた。

 

44.  情報機器を用いた能楽教材の作成―能「葵上」のビデオ教材作成を中心に―

共著

平成133

衣の民俗館 「衣の民俗館・日本風俗史学会中部支部研究紀要」  第11号 P.39P.47

高等学校の国語教材、大学の一般教養向け教材としての能楽ビデオには、素材となった古典作品に関する説明、役柄と装束・面などの関係、シテの所作についての説明など、市販の「お稽古用ビデオ」にはないコンテンツが必要である。このようなコンテンツを含むビデオを簡単に作成するために、能《葵上》を素材としてパソコンに添付、または廉価で入手できるソフトを用いて能楽ビデオを作成する手順を考えた。

 

45.  情報機器を用いた能楽教材の作成―葵上の鑑賞入門用Webページの作成を中心に―

共著

平成133

名古屋音楽大学 「名古屋音楽大学研究紀要」 20号 P.1P.8

今までにない方法で能楽を広めることを目的として、能《葵上》を素材としたデジタル化コンテンツを、Webページに構成する手順と音楽の配信・編曲の方法を考えた。

 

46.  能楽Webページにおける音声ファイルの扱いと囃子の解説

共著

平成143

椙山女学園大学文化情報学部 「椙山女学園大学文化情報学部紀要」 1  P.79P.86

インターネットで能楽を紹介するにはWebページを作成する必要がある。本研究では、能楽囃子を紹介するWebページの作成を目的として、概説的な説明と具体例として<真ノ来序>を取り上げ、作成を試みた。まず<真ノ来序>において説明すべき能の約束事について構成を組み、囃子の項目の中に、3分以内に録音しデジタル化した囃子をサウンドクリップとしてページに添付、それを楽譜・解説と共に各ページに配置するという形にした。

 

47.  《三番叟》の楽譜化と声紋分析

共著

平成147

 

学燈社 「国文学」 第47巻 第8号 P.70~P.80

《三番叟》の楽譜化と声紋分析を試みた。楽器構成も通常の能と違い、小鼓が三人、鈴の使用、烏飛びによる床の着地音などが特徴的となる。楽譜化では、西洋音楽の概念から離れた要素を持つことから、記譜に際しては特に音程とリズムの点で近似的表示となる。このような記譜上の工夫から一層、この三番叟の楽音が持つ音程や拍子の不規則性が明らかにされている。楽譜化に対し、声紋は、演奏を直接的に時間軸の周波数構成で見たものである。鈴の音の高波数領域や床へ着地音の低周波域が確認できる。また、本研究では、楽譜と声紋を対比して論じていることから演奏の各箇所の特徴がより立体的に把握できるという成果がある。

 

48.  採菓汲水の話―《通小町》の周辺

単著

平成1410

紫明の会 「紫明」 第11号 P.35P.39

能《通小町》では以前より曲の最後に唐突に小町の成仏が語られる事が問題になっていた。本稿では小町の「木の実を拾う」行為が、成仏の機縁になっていることを、法華経の「採菓汲水」を挙げて論じた。

 

49.  豊川進雄神社の能人形面

単著

平成153

椙山女学園大学文化情報学部 「椙山女学園大学文化情報学部紀要」 2  P.123P.135

愛知県豊川市の豊川進雄神社は、近世にさかのぼる祭礼用の能人形面を18面所有している。これらについて先行研究を踏まえつつ、面の特徴、この面が用いられた「天王祭り」との関係、面の寄進者について考察した。

 

50.  能楽に用いる和楽器の音の声紋分析について

共著

平成153

衣の民俗館 「衣の民俗館・日本風俗史学会中部支部研究紀要」  第13号 P.47P.58

能楽に用いる能管・小鼓・大鼓・太鼓の各音について声紋分析を行った。1つの曲としてではなく、単音の分析であるが、これまで経験的に認識されていた西洋音楽用の楽器との音階構造の違い、音の強弱、同表記でも音質が異なる場合がある例などを数値の違いとして表すことができた。

 

51.  中学生向け能楽ビデオ教材の開発について―能《小鍛冶》狂言《附子》を中心に―

単著

平成163

椙山女学園大学 「椙山女学園大学研究論集」 35号 「人文科学編」  P.1P.11

 

中学生向けの能楽ビデオ教材の開発を目的とし、能《小鍛冶》と狂言《附子》を紹介する事前学習ビデオを作成し、その内容を論した。《小鍛冶》では中学生達が当日、能を鑑賞する際に、事前にビデオで学習した知識が活かせるよう、これと連動したイヤホンガイドを行うことを想定し、その原稿も作成、検討した。

 

52.  静岡県三ケ日町の能・狂言装束

共著

平成163月 

日本風俗史学会中部支部「民俗と風俗」 第14号  P.71P.86

静岡県引佐郡三ケ日町では、江戸時代前期まで寺や神社を中心に能が行われていた。この地区の能は喜多流能役者の服部親子によって指導され、愛知県新城の能にも影響を与えている。この三ケ日町に保存されている能装束を今回調査し、仕立てなどに装束形態の変遷を伺わせる貴重な物であることを明らかにした。

 

53.  「名乗り笛」演奏のソナグラムおよび楽譜化による分析

共著

平成163

椙山女学園大学文化情報学部 「椙山女学園大学文化情報学部紀要」 3  P.71P.85

能でワキが幕を出てから舞台へ行き名乗るまで演奏されるのが「名乗り笛」である。本稿は「名乗り笛」のソナグラムおよび楽譜化を行い、藤田流と森田流での比較を行った。楽譜上では流派・演奏者の差よりも、各演奏時の差の方が顕著だか、ソナグラム上では演奏者にかかわらない「流派の差」があることが明らかになった。

この論文の楽譜は検定教科書「現代の国語3」(平成28年度版・中学国語、三省堂)P.23に引用された。

 

54.  和漢朗詠集から謡曲へ

単著

平成16年9月

学燈社 「国文学」 第49巻第10号 P.29P.35

和漢朗詠集から謡曲に引用された漢詩について、その引用総数、頻度などを挙げると共に、《西行桜》《千手》などの謡曲での受容例を検討し、謡曲は朗詠の「言葉」を採っているものの、その「題」や「内容」を採っているのではないことが多いことを示した。

 

55.  初代藤田清兵衛の環境―名古屋市立博物館『学びの世界』展より―

単著

平成173

椙山女学園大学 「椙山女学園大学研究論集」 36 「人文科学編」 P.35P.44

 

平成11年に名古屋市博物館で行われた『学びの系譜』展のコーナー展示で紹介された『いろは狂歌』と『笛彦兵衛【切取不明】両人笛之書』の二点を翻刻し、その内容から笛方藤田流宗家初代藤田清兵衛の芸道精進の環境について考察した。

 

56.数寄者の時代-関戸家と能楽との関わりを中心に-

単著

平成175

東海能楽研究会 「愛知県芸術文化選奨文化賞受賞記念 東海能楽研究会十周年記念論集」 P.20P.30

 

近代名古屋の能楽を支えた「数寄者」と言われる素人の富裕な稽古者について、その代表格である関戸守彦を中心に、明治初期から昭和初期までの変遷を追った。明治期にはその豊かな資金を背景に名古屋の能楽界に強い発言力を有した「数寄者」達も、時代が経るにつれて、産業構造の変化に伴う地位の下落により、その影響力が低下していく様子が明らかになった。

 

57.「吾妻能」の周辺-「趣味」と「階級」―

 

単著

平成183

椙山女学園大学 「椙山女学園大学研究論集」 第37号 「人文科学編」 P.1~P.10

 

大阪大学図書館の読売新聞データベースと「明治建白書集成」から、能楽関係記事を抽出し、吟味し、明治初年において、他の芸能に比して能楽が上流階級の「趣味」として扱われていたこと、そのことを利用して明治維新期に衰えた能楽は復活していったことを示した。

 

58.能楽囃子「隅田川」カケリの楽譜化とその特徴について

 

共著

平成183

椙山女学園大学文化情報学部 「椙山女学園大学文化情報学部紀要」 5  P.1P.6

 

「隅田川」のシテの出の特徴的な囃子であるカケリについて、名古屋能楽堂で行われた四つの演奏を比較し、その相違点・類似点について検討し、特徴を明らかにした。

59.《姨捨》試解-わが心 なぐさめかねつ-

 

単著

平成183

紫明の会 「紫明」 第18号 P.70P.75

《姨捨》の老女の「執心」と曲の狙いについて、謡曲本文に沿って解釈を試みた。老女の「執心」は「捨てられた」ことによって手に入れた名月の夜の幸福感に対するものであり、その「執心」によって成仏できない老女の霊は同じ幸福感を共有できる風雅な「月の友」を求めて「姨捨山」に現れると述べた。

 

60.明治期の名古屋能楽界

単著

平成188

大阪大学大学院文学研究科演劇学研究室 「演劇学論叢」 第8号 P.67P.81

明治期の名古屋においては、東京などに比して能や狂言が継続して行なわれていた。その一因として数軒の大商家の後援があったが、明治も半ばになり大商家が単独で催しを後援できなくなるにつれ、やがて商家の合同体が催しを行うシステムが成立し、さらに催しの主催者が後援者から能楽師に移っていくことを述べた。

 

61.《八島》試解―瞋恚に引かるる妄執にて―

単著

平成189

紫明の会 「紫明」 第19号 P.84P.89

《八島》のキリにおいて、義経は現世での宿敵である教経を「修羅の敵」として戦う。一般的に「修羅道の敵」は帝釈天であり、このような設定をしたのは、後世である「修羅道」を現世である「戦さ」の延長として考えた世阿弥の工夫であろう。

 

62.メディアと能楽―SPレコードと朝日新聞社主催能を中心に―

単著

平成193

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」第31号 P.21P.33

明治から昭和にかけて能楽の興行を支える観客が、少数の大パトロンから多数の「知識人階級」の「個人」へ変化する。彼らは新聞の購買層でもあったため、新聞社は大人数を入れられる「劇場」を提供し、紙面上で「記事」の形で宣伝をするという興行の形が生まれた。さらにSPレコードの普及が、「レコードによる稽古」という新しい形態を生み、「謡い方」の全国統一へつながっていくことを述べた。

 

63.昭和初期の「伝統芸能」―蓄音機レコードとラジオ放送を中心に―

単著

平成193

椙山人間学研究センター 「椙山人間学研究」 第2号 P.128P.136

明治初期までは「芸能」はそれを享受する「階級」と深く結びつき、「高尚」とされるものと「卑俗」とされるものに分かれていたが、蓄音機レコードの普及に伴い、人々が自分の「階級」ではなく「趣味」の好悪によって芸能を享受できるようになった。その結果、様々な日本の芸能・音楽は「伝統芸能」という1つのジャンルにまとめられ、同等に扱われるようになっていった。また「歌謡曲」という新しい芸能も誕生した。

 

64.大学生対象伝統芸能教材の開発―ワークショップ型講義教材とインターネットでの音楽配信を中心に―

単著

平成193

椙山女学園大学 「椙山女学園大学研究論集」 第38号 P.99P.104

「名古屋の芸能」をより広く発信する一手段として、初心者向けのワークショップを行い、さらにそこでその芸能のMP3ファイルを作成、広くインターネットで配信することを考え、モデルケースとして本稿では日本舞踊と尺八を取り上げ行なった。

 

65.昭和初期の能楽―朝日講堂からの《土蜘蛛》「中継放送」を中心に―

単著

平成193

東海能楽研究会 「催花賞受賞記念論文集」 P.25P.33

 

昭和二年六月に東京朝日新聞社は朝日講堂において主催能を行った。これは「能舞台以外」で「一般客」が「個人席」を買って能を観られるという画期的な催しだった。その第二回になる十月の会はラジオによる「室内中継放送」が行われる。これも能楽の観客層の変化に大きな影響を与えた。

 

66.《烏帽子折》試解―折知る烏帽子桜の花 咲かん頃を待ち給へ―

単著

平成193

紫明の会 「紫明」 第20号 P.72P.78

《烏帽子折》は義経の元服と盗賊退治のエピソードを述べた現在能であるが、その2つを取り上げ、義経の将来の「出世」の予兆と、その「源氏」の武士としての器量の片鱗が、元服のときにすでに備わっていたとするのが主題であるとした。

 

67.金春朋之助安治追跡-幕末・明治の金春八左衛門家-

単著

平成193

筑波大学平家部会 「筑波大学平家部会論集」 第12集 P.113P.126

金春八左衛門家は尾張藩の「御役者」でありながら幕府の金春座に属し、太夫家に次ぐ家格を持ち、金春太夫家へ後嗣を入れることもあった名家である。この八左衛門家最後の当主、金春朋之助安治の菩提寺の墓碑を初めて紹介し、過去帳、金春宗家家に伝わる伝書などの資料を駆使して、その生涯を辿った。

 

68.夢幻能に描かれた来世-修羅道と地獄を中心に-

単著

平成197

日本文学協会 「日本文学」 第56巻第7号 P.44P.52

能は「言葉優しき」ことを最上としたため、「修羅道」や「地獄」という状況も、素材における肉体的苦痛の表現を省くことにより恐ろしくならないようにしたり、「生前の関係」が「後世」にも続くように工夫した。

 

69.《船弁慶》試解―義経の「都落」を中心に―

単著

平成199

紫明の会 「紫明」 第21号 P.78P.83

義経の都落を題材とする《船弁慶》について、『義経記』『吾妻鏡』にある史実と比較し、《船弁慶》では、特に「親兄の礼」を重んじ、頼朝に決して対立せず悲劇の死を遂げた「後世に伝わる義経像」が打ち出されていることを明らかにした。

 

70.《敦盛》の背景-まことに法の友なりけり-(一)

 

単著

平成203

紫明の会 「紫明」 第22号 P.73P.77

能《敦盛》における直実と敦盛の「法の友」という関係について、『平家物語』や『吾妻鏡』との比較を通じて、その特異性を検討した。

 

71.昭和初期の名古屋能楽界-能楽堂以外での催しを中心に-

単著

平成203

椙山女学園大学 「椙山女学園大学研究論集」 第39号 P.23P.32

大正時代になって能が能楽堂以外の場所で公に催されるようになった。本論では昭和5年の名古屋公会堂開館記念能を中心に、名古屋における能楽堂以外の能楽の催しを、東京・大阪で行われたものと比較し、その特徴を明らかにした。

 

72.明治中期の名古屋能楽界-愛知県立博物館舞台の建設と舞台披を中心に-

単著

平成203

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」第32号 P.1P.20

明治27年に建てられた愛知県立博物館能舞台は、名古屋における最初の「寄付」を募った「公共」の舞台である。この舞台がこのような形を採って建設されるまでの経緯、背景について検討した。

 

73.留学生対象日本文化教材の開発-京都一泊研修旅行の「寺院」見学を中心に-

共著

平成203

日本風俗史学会中部支部「民俗と風俗」 第18号  P.155P.166

留学生対象の研修旅行で用いる日本文化理解教材を作成することを目的として、「京都研修」における「寺院見学」の際、留学生にどのような予備知識を与えればよいか、また留意すべき点は何かを検討した。

 

74.明治維新以降の伊勢・鳥羽の能楽―一色町を中心に―

 

 

単著

平成203

伊勢市教育委員会「国の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財 一色の翁舞調査報告書」第三章第一節 P.32P.46

 

明治維新以降の伊勢・鳥羽の能楽の変遷を能楽データベースや残されていた能番組、特に栄通神社の祭礼番組コピーなどの記述を基に、年代別に整理、まとめた。

75.能に描かれた修羅・地獄

単著

平成208

学燈社 「国文学」 第53巻第11号 P.36P.47

仏教書・説話においては恐ろしい場所である修羅道や地獄を、世阿弥は華やかな戦いの場所や、残酷さを感じさせない場所として能の中で表現した。それはその恐ろしさよりもそこに転生した理由である「罪」や「執心」の内容を述べることが重要であったからである。

 

76.《敦盛》の背景-まことに法の友なりけり-(二)

 

単著

平成209

紫明の会 「紫明」 第23号 P.70P.73

能《敦盛》における直実と敦盛の「法の友」という関係について、(一)の続きとして、「先に死んだら極楽に導いてくれることを誓った友同士」であることを示した。世阿弥は《敦盛》の蓮生像の造形に、『平家物語』と浄土宗伝承の蓮生像を参考にしている。

 

77.「狂言」の欧米文化圏向け教材の開発―「雷」のイヤホンガイド解説を中心に―

共著

平成2012

名古屋芸能文化会
「名古屋芸能文化」
18号 P.81P.90

名古屋能楽堂の定例能では現在狂言のイヤホンガイドを行っておらず、要望がある。今回、欧米圏からの二十歳前後の留学生を対象とした狂言のイヤホンガイドテキストの開発を試みた。

 

78.明治末年の韓国における能楽公演:明治四三年「国諷」能楽公演を中心に

単著

平成2012

韓林大学校日本学研究所「韓林日本学」第13輯 P.4P.21

太平洋戦争終戦まで日本の支配下にあった「外地」と呼ばれる地域には複数の能楽師が住んでいたことが知られている。本稿は明治四十三年の「国諷」社主催の下関・釜山・京城の公演旅行についての日本側の記録を資料として、当時の能楽海外公演が現地の韓国の人々に能を紹介・普及させるよりも、在住日本人を対象にしていること、興行収入にはあまり期待せず、能楽師自身に観光の目的もあることを明らかにした。

 

79.オーストラリア留学生向け狂言教材の開発―「梟山伏」を中心に―

共著

平成213

日本風俗史学会中部支部「民俗と風俗」 第19号  P.141P.149

狂言は「笑い」を中心とする劇であることから、同じ伝統芸能である能楽よりも、外国人に理解されやすいと一般的に考えられている。しかし何に「笑える、ユーモアを感じる」かは多分に自文化の影響を受けるため、狂言の粗筋だけを英訳したものでは納得しにくい。本稿では上記の点を踏まえ、オーストラリア留学生を対象とし、英文で狂言を紹介する教材を「梟山伏」を素材として作成した。

 

80.《巴》試解―うしろめたさの執心を―(一)

単著

平成213

紫明の会 「紫明」 第24号 P.79P.83

能《巴》における巴像の特徴について、その典拠である『平家物語』や史実である『吾妻鏡』『愚管抄』との比較を通じて、その特異性を検討した。前半となる本論では、『平家物語』諸本に述べられている義仲の最期とは異なる義仲の死を示すことで巴が最後まで義仲に従えるようにしたことを述べた。

 

81.四方定子氏収集「民謡オープンリールテープコレクション」について

単著

平成213

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」 第33号 P.1P.47

「名古屋民俗芸能研究会」の四方定子氏が昭和30年代から東海地域を中心に採取・収集してこられた民俗芸能、民謡などのオープンリールテープ、夫君の児童文学者しかたしん氏のCBCNHKの民謡番組のオープンテープのコレクション約500本をデジタル化、データベース化し、一部をホームページ上で公開した。すでに後継者がなく謡われなくなっている民謡も多く、東海地方の貴重な文化遺産になった。

 

82.《巴》試解―うしろめたさの執心を―(二)

単著

平成219

紫明の会 「紫明」 第25号 P.72P.76

後半となる本論では、巴の都落ちについて『平家物語』諸本に述べられている形とは異なることを示すことで、義仲の「遺言」に背けず心ならずも「死の供が出来ない」悲しい巴の姿を示していることを述べた。

 

83.欧米人向け能楽解説ビデオの開発―≪葵上≫を中心に―

共著

平成2112

名古屋芸能文化会
「名古屋芸能文化」
19号 P.105P.120

名古屋を訪れる欧米人は数多く、彼らが能楽堂で能を観てくれることが期待できる。その際、単なる詞章直訳ではなく、解説付きの本格的な外国語ビデオがあれば理解の一助になるだろう。本論では名古屋能楽堂展示室の解説ビデオを基にした英語版を作成する際の留意点や詞章の英訳を試みた。

 

84.越前出目家墓参記

単著

平成222

椙山女学園大学文化情報学部「椙山女学園大学文化情報学部紀要」第9巻第1号 P.173P.181

 

世襲面打家、出目家の越前在住三代を「越前出目家」と言う。この家の源助秀満は福井県越前市に今もある安證寺の開基であると伝えられている。本論ではこの安證寺に伝わる記録・文書類を基に、当時の本願寺教団と出目家との関係について考察した。

 

85.徳川慶喜と謡曲(一)

単著

平成222

椙山女学園大学文化情報学部「椙山女学園大学文化情報学部紀要」第9巻第1号 P.183P.191

 

徳川幕府最後の将軍である徳川慶喜は大政奉還の後、一時静岡に居住していた。この時期、慶喜は宝生流の松本金太郎に就いて謡曲の稽古を熱心にしていた。本論では『徳川慶喜邸日誌』に書かれた松本金太郎の慶喜邸への明治九年の出仕状況を調査し、慶喜と謡曲との関わりについて考察した。

 

86.徳川慶喜と謡曲(二)

単著

平成223

椙山女学園大学文化情報学部「椙山女学園大学文化情報学部紀要」第9巻第2号 P.115P.121

 

(一)に引き続き、松本金太郎の明治十年から十六年までの出仕状況を『徳川慶喜邸日誌』により調査した。(明治十六年には松本金太郎が東京に引っ越した)松本金太郎は単なる謡曲の指導者として邸に出入りしていたのではなく、供廻りなどの雑用もこなす「雇い」であったこと、官史としての勤めも「雇い」である可能性があること、よって内職も行いながら暮らしを立てていたことが分かった。

 

87.欧米圏向け能楽ビデオ教材の開発―≪野守≫を中心に―

共著

平成223

椙山女学園大学文化情報学部「椙山女学園大学文化情報学部紀要」第9巻第2号 P.81P.91

 

名古屋を訪れる欧米人は数多く、彼らが能楽堂で能を観てくれることが期待できる。その際、単なる詞章直訳ではなく、解説付きの本格的な外国語ビデオがあれば理解の一助になるだろう。本論では名古屋能楽堂展示室の解説ビデオ(日本語版作成中)を基にした英語版を作成する際の留意点や詞章の英訳を試みた。

 

88.初心者向け狂言教材の制作―≪仏師≫の英文教材化―

共著

平成223

日本風俗史学会中部支部「民俗と風俗」 第20号  P.136P.152

狂言の「笑い」の中でも《仏師》は人を「騙す」ことによって生まれる笑いを扱っている。これに似た、欧米人には馴染である「ファルス」と呼ばれる笑劇と狂言を比較することにより、より欧米人に狂言を理解できるように考慮して、《仏師》の英文教材を作成した。

 

89.教員免許更新講習の現場から―「能の和楽器」講義報告―

 

単著

平成223

椙山女学園大学 「椙山女学園大学研究論集」 第41号 P.1P.11

 

大学の講座として、初めて教員免許更新講習「選択領域」の講義を「伝統芸能を教える」という目的で実施した。講義では能楽を取り上げ、所作と囃子の体験型ワークショップの形をとった。その教材の作成の工夫点、課題・問題点などを報告した。

 

90.《半蔀》試解―シテは夕顔の精か、夕顔という女性の亡霊か―

単著

平成223

紫明の会 「紫明」 第26号 P.72P.77

《半蔀》は『源氏物語 夕顔巻』を典拠にして作られた三番目物の能である。この能の前シテである女性の本体については「夕顔の花の精」と、「夕顔の上という女性の亡霊」の二つの意見がある。筆者は「人間の夕顔の上の気持ちを次の世まで引き継いでいる、転生した夕顔の花の精」であると結論した。

 

91.尾張藩小鼓方梶川家について

単著

平成228

名古屋郷土文化会 「郷土文化」第65巻 第1号 P.47P.54

梶川家は能役者として尾張藩に仕えた大倉流小鼓方の家である。拙著および「名古屋市史」にその事績は詳しいが、今回、その御子孫から頂いた御教示を基に、明治期の六代梶川吉之助を中心に新出資料も示し、その事績を明らかにした。

 

92.《羽衣》試解―東遊の駿河舞此時や始めなるらん

単著

平成2210

紫明の会 「紫明」 第27号 P.56P.61

《羽衣》の成立要素について、従来の「白鳥処女式説話」よりも、「めでたき天人」という和歌の天人イメージ、『三界義』の「月の天人」のイメージ、「駿河舞起源説話」の「天下る天人」のイメージ、「三保の浦」の波と夜の月のイメージが強く現れていることを示した。

 

93.欧米圏留学生対象能楽ビデオ教材の製作―《船弁慶》を中心に―

共著

平成2212

名古屋芸能文化会「名古屋芸能文化」第20号 P.125-144

欧米圏の留学生を対象とした能楽のダイジェスト版事前学習用ビデオのモデルを作成した。取り上げる曲種によって対象者の能楽に対する興味を深めることができるため、曲選定に考察を加え、《船弁慶》を選んだ。

 

94.《安宅》解釈の変遷―富樫はなぜ義経一行を通したのか

単著

平成233

紫明の会 「紫明」 第28号 P.83P.88

《安宅》の富樫が義経主従を通した理由の変遷を曲の解釈から検討した。謡曲本文からは「富樫は義経と気が付かなかった」となるが、江戸時代になると「義経を怖れたから通した」という解釈が見られ、歌舞伎の『御摂勧進帳』では「同情して通した」となり、これが廻り廻って《安宅》へ影響したことを示した。

 

95.欧米文化圏能楽初心者向け狂言教材の研究―「棒縛」を中心に―

共著

平成233

日本風俗史学会中部支部 「民俗と風俗」 第21号 P.150-167

「棒縛」は狂言の中でも、特に上演回数が多く欧米文化圏の外国人が初めて狂言を鑑賞する時、観る可能性が高い曲である。この「棒縛」を英語訳し、基礎知識の少ない「初心者」外国人に解説する際の重要な点について、特に欧米文化圏で親しまれている「ファルス」と比較することを中心に述べた。

 

96.《葵上》試解―成仏を望む六条御息所

単著

平成2310

紫明の会 「紫明」 第29号 P.48-53

《葵上》の六条御息所が成仏へと導かれる過程を考察し、六条御息所の心情は典拠となった「源氏物語」のそれとは異なり成仏を願っていること、「成仏」という言葉の当時の解釈からも彼女は一切の悩みより解かれ成仏できたと考えてよいことを明らかにした。

 

97.能楽初心者向け英文ビデオ教材の制作―「嵐山」解説ビデオの原稿試作―

共著

平成2312

名古屋芸能文化会「名古屋芸能文化」 第21号 P.118-129

能「嵐山」は、「京都と桜」という日本を象徴するモチーフを主題とする上に、演出により猿のパントマイムの劇中劇を含むことがあり、能や日本語に慣れない外国人にも理解しやすい曲と考えられる。本論では「自然」そのものをテーマとする日本の劇を理解させる際の問題点を論じ、能「嵐山」の上演ビデオを基にした英文能楽ビデオ教材の原稿制作を試みた。

 

98.欧米文化圏能楽初心者向け狂言教材の研究―「蟹山伏」を中心に―

共著

平成243

日本風俗史学会中部支部「民俗と風俗」 第22号 P.118-126

狂言「蟹山伏」には、欧米圏外国人が慣れ親しんでいる喜劇との類似性があり、狂言を初めて見る欧米圏外国人においても深い鑑賞理解が得られることが期待できる。本論ではその類似性を論じ、現在上演されている「蟹山伏」の台本の英訳を試みた。

 

99.《阿漕》試解―漁師と法華経

単著

平成243

紫明の会 「紫明」 第30号 P.61-66

漁夫・鵜飼などは殺生を禁じた仏教の影響で「罪深い者」と考えられていた一方、平安後期には情趣のある和歌の「景物」であるという考え方もあった。能《阿漕》はそのような漁夫・鵜飼への視点を基礎とし、そこに『源平盛衰記』の記述が加わり、さらに日蓮宗が影響して、能として形成されたと考えられる。

 

100.中部日本放送放送劇団の資料について

単著

平成243

椙山女学園大学 「椙山女学園大学研究論集」第43号 P.61-68

中部日本放送(CBC)は放送用の専門劇団を持っていた。本論では関係者より頂いた資料からその劇団の概要を紹介した。またその活動の場であったラジオドラマの音源をデジタル化した資料データも紹介した。

 

101.梅若万三郎家所蔵写真乾板のデジタル化について

単著

平成243

椙山人間学研究センター 「椙山人間学研究」第7号 P.139-147

梅若万三郎家には300枚ほどの能関係の写真乾板が保存されている。これらのデジタル保存を始めた。その中には明治3040年代に撮影されたと思われる写真もあり、当時の能や能舞台の様子を直に伝える大変貴重な一次資料である。本論では現時点でのデータ一覧に加えて、これらの乾板が撮影された経緯、「梅若実日記」から分かる当時の梅若万三郎家の様子も併せて考察した。

 

102.欧米文化圏能楽初心者向け狂言教材の研究 ―『三本柱』を中心に―

共著

平成249

衣の民俗館「民俗と風俗」第23

P.177-187

狂言「三本柱」はアクションが多く分かりやすいことに加えて、最近上演回数が増え外国人が見る機会が多くなっている。この狂言に日本人が感じる「めでたさ」「面白さ」についての英文解説と英訳台本を紹介し、欧米圏の観客でも「三本柱」を理解できる教材を作成した。

 

103.《養老》試解―国土を寿ぎ健康を守る神仏―

単著

平成2410

紫明の会 「紫明」 第31号 P.78-83

能《養老》は国土と君の治世を山神が寿ぐ能であるが、それは「養老」という地名が「名詮自称」となるように「健康を守り老いを養う素材」を集めて構成されている。

 

104.能楽初心者向け英文ビデオ教材の制作 ―能『嵐山』の小書『猿聟』の解説ビデオの原稿試作―

 

共著

平成2412

名古屋芸能文化会「名古屋芸能文化」第22号 P.99-109

前論(「名古屋芸能文化」第21号掲載)では簡訳であった能「嵐山」の小書部分「猿聟」を全訳した。この2つを併せて「小書 猿聟」のついた「嵐山」の英文ビデオ原稿が完成する。

 

105.昭和二十年代・三十年台のCBCラジオ劇関係資料について

単著

平成253

椙山女学園大学文化情報学部「椙山女学園大学文化情報学部紀要」第12

P.169-178

 

中部日本放送(CBC)は専門の劇団「劇団CBC」を有し、ラジオドラマを制作していた。その関係者の写真、放送テープなどを元CBC音声技術者中野之也氏よりご提供いただきデジタル化・整理し、スカイドライブ上でのデータ共有をしている。

 

106.近代愛知県の三曲について―担い手の変化と口承から楽譜による伝承へ―

単著

平成253

愛知県「愛知県史研究」第17号 P.65-72

明治維新期から昭和初期、戦時下への愛知県における三曲(筝・三絃・尺八の合奏)の状況の変化をその担い手(盲人から晴眼者へ、女性へ)とマスメディアの影響(名人の全国化、楽譜による教授など)を中心に解説した。

 

107.《蝉丸》試解―知るも知らぬも逢坂の関―

単著

平成253

紫明の会 「紫明」 第32号 P.64-69

能《蝉丸》の構想は『後撰和歌集』の蝉丸の「これやこの」の歌による。出逢いと別れを繰り返す蝉丸と逆髪の人生は「憂きこと」であるが、それにより「業障」が果たされ来世で神仏となった二人の再会が約束されるという終始一貫したテーマが基底にあることを示した。

 

108.梅若万三郎家所蔵写真乾板のデジタル化について(二)

単著

平成253

椙山人間学研究センター 「椙山人間学研究」第8号 P.182-193

前年度の(一)に引き続き、梅若万三郎家に保存されている能写真乾板画像のデジタル化を進め、(一)で解説した分も合わせて、「橘香」第4号掲載の「万三郎先生の思ヒ出ノあるばむ」、『観世華雪芸談』に掲載された写真、『梅若実日記』の記事との比較を行った。その結果、複数の写真について撮影時期の確定、同時期に撮影されたと考えられる写真の同定が行えた。

 

109.《六浦》試解―草木の心と成仏―

単著

平成2510

紫明の会 「紫明」 第33号 P.69-73

能《六浦》は先行する作品を踏まえ、そこにさらに「非情の草木が執着心を持ち成仏を願う」など新しい解釈を加えた草木成仏の能の一つの完成形である。

 

110.狂言「腰祈」を英訳する

 

共著

平成2512

名古屋芸能文化会「名古屋芸能文化」第23号 P.158-168

狂言「腰祈」はその所作だけで笑いがおこる狂言でありコメディやコントにも通じるものである。それゆえ留学生などの鑑賞会に相応しいが英訳文および解説があれば一層の理解が出来よう。英文解説ポイントと全文訳を作成した。

 

111.《経正》試解―琵琶の音と和漢朗詠集の朗詠利用を中心に―

単著

平成263

紫明の会 「紫明」 第34号 P.56-61

能《経正》は『吾妻鏡』や『左記』という史実を書いたものを典拠としなかった。それは物語や漢籍という文学作品が描く音楽・音色の表現を取り入れ、経正への哀悼と音楽の優雅さをこの能の主題として表現しているからである。

 

112.劇団CBC関連資料―長谷川敬(芸名:芹江敬)氏所蔵写真から―

単著

平成263

椙山女学園大学文化情報学部「椙山女学園大学文化情報学部紀要」第13

P.181-189

 

中部日本放送(CBC)がかつて所有していた「劇団CBC」はもともとラジオドラマ作成のために結成されたが、時代の要請に答えるため異ジャンルの人と競演したり舞台演劇へ進出していく。その過程の貴重な写真を今回紹介した。

 

113.民放草創期放送音源及び放送劇団関係資料の収集・整理とアーカイブ化報告

単著

平成263

椙山人間学センター「椙山人間学研究」第9巻 P.183-193

 

平成25年度に行った民放草創期放送音源・同録・放送参考資料のオープンリールテープデジタル化の状況と、中部日本放送(CBC)所有の「劇団CBC」の舞台公演の公演写真とパンフレットを紹介した。

 

114.愛知県における尺八西園流の成立と変遷について―明治維新から昭和初年まで―

単著

平成263

愛知県「愛知県史研究」第18号 P.61-69

尺八西薗流は愛知を本拠とし明治から今日に至るまで名古屋の尺八・三曲を支えてきた流派である。その西園流の明治維新期から昭和の戦時期前までの変遷を代々の宗家の事跡を踏まえてまとめた。

 

115.《三輪》試解―恋の罪に迷う神

単著

平成268

紫明の会 「紫明」 第35号 P.80-84

能《三輪》の作能態度について、「神秘」について「明確に語らない」特徴と、中心となる和歌に加えて民間説話や仏教語などの他の素材を矛盾には言及せず積極的に取り入れる特徴があることを述べた。

 

116.英語圏留学生向け狂言鑑賞教材の作成―「鬼瓦」を素材に―

 

共著

平成2612

名古屋芸能文化会「名古屋芸能文化」第24号 P.63-73

狂言「鬼瓦」は美人ではない妻などの内容で笑いを取るだけではなく、ペーソスをも持つ普遍的な笑劇である。いくつかの言葉について的確な訳が与えられていれば、外国人にも十分その内容が理解できよう。その点を踏まえた英文解説ポイントと全文訳を作成した。

 

115.《竹生島》試解―弁才天と水の能

単著

平成273

紫明の会 「紫明」 第36号 P.55-60

能《竹生島》はシテ龍神よりもシテツレである天女に見所のある能であるが、それは二体一神である存在を具体的に描かず、天女の舞で実際に行われる「蓮華会」を想起させ、これも実際に有名であった僧侶の水練を間狂言の「岩飛び」で表現する竹生島参詣を疑似体験させる作能態度であることを述べた。

 

116.明治以降の明暗寺の資料紹介

単著

平成273

椙山女学園大学文化情報学部「椙山女学園大学文化情報学部紀要」第14

P.139-151

 

愛知県の虚無僧尺八の流派である西園流はその過程において京都の明暗対山流と深いつながりがある。本稿はこの明暗対山流に関わる明暗寺のパンフレットや、蓄音機レコードリスト、写真等の資料を用いて、明治以降の明暗流の歴史を概観する。また愛知県内を代表する尺八演奏家の写真も紹介した。

 

117.昭和三十年代「劇団CBC」のラジオドラマ資料

単著

平成273

椙山人間学センター「椙山人間学研究」第10巻 P.166-172

 

中部日本放送(CBC)所有の「劇団CBC」のラジオドラマの台本、録音・本読み時の写真、番組宣伝の新聞記事を紹介し、出演者について検討した。一つのラジオ番組について製作から広報までの資料が集まったのは珍しい。また劇団CBCの最後の舞台公演のパンフレットと舞台写真も紹介した。

 

118.能楽囃子の義務教育課程音楽過程での単元化のための教材試作―早笛をモデルとして―

 

共著

平成273

椙山女学園大学 「椙山女学園大学研究論集人文科学編 46  P.133P.139

 

能楽囃子の一つである「早笛」を用いた義務教育課程の音楽での教材を製作するために五線譜化とソノグラム分析を行った。それにより早笛の構造が明らかになり、演奏の可視化により授業での説明が出来る教材としての可能性が示された。

 

119.戦前から昭和四十年代までの東濃地方での宝生流謡曲の流行について―中津宝生会の記録と写真を中心に―

 

単著

平成279

宝生会「宝生」第36号 花に逢う P.23-25

昭和初期に岐阜県中津川市にあった中津宝生会の記録と写真を中心に、中央の能楽師を招いて指導を受けたり、謡会を開いていた地方能楽サークルの様子を紹介した。

 

120.《藤》試解―惜春の夢幻能

単著

平成2710

紫明の会 「紫明」 第37号 P.70-75

能《藤》では主題である惜春を『和漢朗詠集』の漢詩や和歌を詞章に取り入れつつ、そのイメージだけではなく意生化身などの仏教観をも加えた理想の惜春として捉えていることと、坂元雪鳥の能評を紹介した。

 

121.戦前から戦後復興期の東海地域能楽写真

単著

平成2712

東海能楽研究会 「東海能楽研究会 二十周年記念論集」  P.124-139

幸清流小鼓方後藤孝一郎師と岐阜県中津川市の中津川桂会から御提供いただいた昭和初期から戦後復興期(昭和50年以前)の東海地域の能楽関係の写真を紹介、当時は中津川という地方でも謡曲や囃子を稽古する人が多かったこと、招きに応じて東京在の有名能楽師が訪れていたことを示した。

 

122.昭和の東海地域能楽界の写真資料紹介

単著

平成2712

名古屋芸能文化会 「名古屋芸能文化」 第25号 P.1-7

幸清流小鼓方後藤孝一郎師と岐阜県中津川市の中津川桂会から御提供いただいた昭和30年代以降の初期から戦後復興期(昭和50年以前)の東海地域の能楽関係の写真を掲載、当時の能楽愛好者たちについて紹介した。

 

123.狂言《千鳥》台本の英訳と英語圏留学生向け鑑賞教材の作成

 

共著

平成2712

名古屋芸能文化会「名古屋芸能文化」第25号 P.99-119

狂言《千鳥》には独特の所作―アクションがあるとともに、身分の低い者(太郎冠者)が見事に上位の相手をだますという過程が普遍的な笑劇である。その点を踏まえた英文解説ポイントと全文訳を作成した。

 

124.《巻絹》試解―巫女に憑依する神

単著

平成283

紫明の会 「紫明」 第38号 P.60-64

能《巻絹》は『沙石集』中の和歌物語を素材として創作された能である。その際に付け加わった「音無」の歌枕、贈答歌、「巫女に憑依する神」のイメージについて検討する。

 

125.ラジオ放送と蓄音機レコードが変えた謡曲の質―囃子方にシテ方が合わせる時代へ―

単著

平成283

椙山女学園大学文化情報学部「椙山女学園大学文化情報学部紀要」第15

P.13-17

 

神戸在住のレコードコレクター辻山幸一氏の談話と、デジタル化された氏のSPレコードコレクションを試聴する会での意見を通して、大正から昭和の謡の質の変化について述べた。

 

126.能楽囃子の義務教育課程音楽課程での単元化のための教材試作―「揉之段」をモデルとして-

共著

平成283

椙山女学園大学教育学部「椙山女学園大学教育学部紀要」第9

P.89-98

 

日本の伝統音楽を義務教育としての音楽課程に単元として取り入れるために、謡曲《翁》の中の「揉之段」を録音、五線譜化し、西洋楽器でも演奏できるようにした。

 

127.《小鍛冶》試解―間狂言が示す上演への過程―

単著

平成289

紫明の会 「紫明」 第39号 P.64-69

観世元章が編纂した『副言巻』に載る能《小鍛冶》の間狂言「多々良部卯花」、得平本の《小鍛冶》間狂言、明治期の《小鍛冶》上演記事を取り上げ、その比較を通じて《小鍛冶》の上演演出の工夫の変遷について論じた。

 

128.英語圏留学生向け狂言鑑賞教材の作成―《墨塗》を素材に―

 

共著

平成2812

名古屋芸能文化会「名古屋芸能文化」第26号 P.91-103

狂言《墨塗》は「したたかな女」というメインモチーフが注目されやすいが、大名の身分に合わない単純さ幼稚さや難題を押し付けあう主従などにも世界的に普遍な笑劇のモチーフがある。その点を踏まえた英文解説ポイントと全文訳を作成した。

 

129.『名古屋芸能文化としてのテレビ局草創期ドラマ制作』の基礎的研究~中部日本放送草創期のテレビドラマ「演出家・伊藤松朗」の仕事~

 

共著

平成2812

名古屋芸能文化会「名古屋芸能文化」第26号 P.81-90

中部日本放送は草創期からオリジナルなテレビドラマの制作に熱心であった。本稿は演出家として多くのテレビドラマ制作に関わった村上正樹の目を通して、当時のドラマ制作の状況を演出家伊藤松朗とその代表作である「海の笛」「物怪の女」「はげやまちゃんちき」を取り上げ解説した。

 

130.戦後東海地域古典芸能資料の紹介―写真から伺える能楽・筝曲愛好者の実際―

単著

平成293

椙山人間学センター「椙山人間学研究」第12巻 P.155-162

 

戦後から昭和高度経済成長期までの東海地域の古典芸能受容を示す資料として、初代中津川謡曲連盟会長の故岩田豊治氏の社中と名古屋の筝曲演奏家横井みつゑ師の社中の写真を紹介し、会を支えた人々について考察した。

 

131.中津川市菅井家所蔵 松本長・高浜虚子短冊および松本長筆菅井大作宛て年賀状について

単著

平成293

椙山女学園大学文化情報学部「椙山女学園大学文化情報学部紀要」第16

P.171-175

 

岐阜県中津川市にあった中津宝生会に所属された故菅井大作氏とそこへ教えに来ていた宝生流能楽師松本長、長と繋がりがある俳人の高浜虚子との私的な交流を示す短冊や年賀状を紹介、東海地域の一地方である中津川に存在した幅広く奥深い文雅サークルの実態を明らかにした。

 

132.《野宮》試解―間狂言本が示す世界―

単著

平成293

紫明の会 「紫明」 第40号 P.61-65

能《野宮》の間狂言の「語」で語られる前場の内容を、様々な間狂言本で比較したところ、多くの間狂言本において《野宮》の前場の詞章にはないいくつかの脇筋を語っていることが分かった。それは観客が前提として知っているだろう「源氏物語」の世界を積極的に取り入れようとする態度であると考えられた。

 

 

 

 

 

 

(その他)

 

 

 

 

[研究ノート]

 

 

 

 

1.伊勢物語古注釈に登場する人物-「伊勢物語」中の「男」「女」には誰の名があてられたか

単著

平成53

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」
17号 P.49P.98

伊勢物語の古注釈は、伊勢物語の本文中に「男」「女」などという形で書かれ、実名の書かれていない人物について、「この女は小町」などという形で実名をあてるという特徴がある。これらの古注釈書の伊勢物語解釈は、実名として挙げられた人物に関する説話に大きな影響を与えている。そこで、現在翻刻されている古注釈に対象を限定し、これらの古注釈が、伊勢物語中の登場人物にどのような人物をあてているかを一覧表とし、索引を付した。

 

2.「道成寺」と法華経説話

単著

平成56

檜書店 「観世」

平成56月号 P.31

能「道成寺」とその典拠である『法華験記』の「紀伊国牟婁郡悪女」とは、両方共に、若い僧を誘惑しそれ に逃げられた女が、蛇となってその若い僧を焼き殺してしまう話である。本稿では、法華経と「道成寺」『法華験記』の女人観を吟味した。『法華験記』が女人を成仏させる法華経の功徳に焦点をあてて描くのに対し、「道成寺」は、法華経の功徳と女人成仏の要素をなくし、女人の執念の「気迫」に見せ場を絞っていることについて述べた。

 

3.『近代名古屋の能楽を支えた人々(仮称)』の編集作業と『平成五年版東海能楽年鑑』について

単著

平成611

能楽の友社

「能楽の友」 
335号 P.3

平成9年春の名古屋能楽堂会館記念として『近代名古屋の能楽を支えた人々(仮称)』の資料収集と編集作業が進められていることと、東海地域の能楽の発展を後世に残すために、番組を収集整理したデータベースが作成されつつあること、その一覧である『平成五年版東海能楽年鑑』が発行されたことを述べた。

 

4.江戸から明治への名古屋能楽界-古春増五郎と「保能会」(1

単著

平成612

能楽の友社

「能楽の友」 
336号 P.3

明治10年代に名古屋の能楽界で活躍した宝生流シテ方古春増五郎は、上園町一丁目舞台を本拠に「保能会」という会を行ったが、明治20年には名古屋能楽界から姿を消している。本稿では古春増五郎の事績を検証し、彼の能役者としての技量が相当なものであったこと、「保能会」

が当時頻繁に行われていたことを示した。

 

5.江戸から明治への名古屋能楽界
-古春増五郎と「保能会」(2

単著

平成71

能楽の友社

「能楽の友」 
337号 P.4P.5

前稿に続き古春増五郎の事績を検証した。各種史料より、彼が大阪から来名し、すぐに上園町一丁目舞台を得、「保能会」という自身の会を持つことが出来たのは、古春家が室町時代後期から能に関わり、大阪で

重んじられていたっていた宝生流の名家であったこと、尾張藩お抱え能役者の宝生鉄五郎の芸事後見を務めていたこと、しかし江戸時代末、大阪では自身の舞台を維持するだけの力がなくなっていたためであることを示した。

 

6.名古屋の狂言-親から子供へ伝える芸-

 

単著

平成103

鳳の会 「鳳」 第12

狂言共同社の井上祐一・佐藤友彦両師の会である「鳳の会」のパンフレットに、両師と両師のお父さん、両師のお子さんを比べることを通して、狂言共同社の歴史を述べた。

 

7.能楽研究と情報
-東海地域能楽データベースを中心に-

単著

平成105

椙山女学園大学生活科学部「生活の科学」 第20号 P.17P.28

能楽研究における情報機器を用いたアプローチおよびその問題点と今後の課題について、文化情報の発信の為に共同作成した東海地域能楽データベースとマルチメディア教材「デジタル能楽館」を例に挙げ、解説した。

 

8.明治維新期の名古屋能楽界―能楽の新しい担い手の登場

単著

平成1212月 

名古屋郷土文化会 「郷土文化」 第552号 P.87P.89

明治維新期という、一般には能楽が衰退した時期と考えられている時にも、名古屋においては頻繁に能が行われていた。それは元来素人であった者が玄人として舞台に立つようになったり、「御役者」でも個人からの教授料でしのげたり、副業を持っていたため、廃藩にあっても能役者が転業せず生活していけたためであることを示した。

 

9.夢幻能の世界 眼に見えぬものとの対話

単著

平成161月 

名古屋学生能楽連盟「第48回学生能・狂言の会」パンフレット  P.14P.17

夢幻能ではワキの前に幽霊が現れる。しかしその幽霊は、普通我々が幽霊出現の理由として考える「恨み」によって現れるのではない。「弔いを求める」「この世での幸福な思い出に執着する」「仏となって所縁の人を悟りに導く」という理由によるのであり、夢幻能を鑑賞するときには、そのことに注意しなくてはならない。

 

10.尾張藩の謡初―年頭の「謡」関連の諸行事とともに―

単著

平成163

東海能楽研究会 「東海能楽研究会年報」第8号 P.1P.2

 

大倉流大鼓方大倉三忠師所蔵の書類に元禄前後と思われる謡初の記事が見られる。横井時文の『張州年中行事鈔』に記載されているものよりも古い記事と考えられると共に、役者側の方から書かれているという点でも貴重な資料である。これを翻刻・紹介した。

 

11.能楽の普及と「階級」-大正初期の能楽観-

単著

平成173

東海能楽研究会 「東海能楽研究会年報」 第9号 P.4P.5 

 

明治期において「上流階級」の趣味であるとされていた能楽も、大正初期には、「婦人」や「中流階級」へ広がっていった。これに対して能楽師たちは能楽の愛好者を「中流以上」の「男子」に限定しようとし、それに害となる行動をとる能楽師に制裁を加えた。しかし現実には「婦人」や「中流階級」という新しい愛好者が次代の能楽を支えていくことになる。

 

12.「芸どころ」名古屋の能楽

単著

平成186

名古屋市文化振興事業団 「なごや文化情報」 第268号 P.2

名古屋における能楽の現状を、筆者らが作成した「能楽番組検索システム」の紹介、筆者のホームページで公開している「能楽の友」のバックナンバーや稽古教材用の小謡の配信などを中心に述べた。

 

13.お稽古用録音の誕生―蓄音機レコードの時代―

単著

平成191

名古屋学生能楽連盟「第51回学生能・狂言の会」パンフレット  P.16P.17

栗林貞一の『能謡新風』に書かれた、大正の末年頃、ラジオ放送の謡曲番組を聴いて感動したり、蓄音機レコードを師匠代わりにして稽古したという思い出を紹介して、当時の様子を示した。

 

14.初世梅若万三郎の録音

単著

平成191

梅若研能会 「橘香」第52巻第1号 P.18P.19

平成1812月に行なわれた能楽学会第7回能楽フォーラムでの報告のうち、初世梅若万三郎の録音を中心に紹介した。これらの音源は梅若万三郎師、梅若万佐晴師のご好意により提供されたものである。

 

15.初世梅若万三郎の録音② ―能楽フォーラム報告―

単著

平成192

梅若研能会 「橘香」第52巻第2号 P.18P.19

平成1812月に行なわれた能楽学会第7回能楽フォーラムでの報告のうち、初世梅若万三郎の録音を中心に紹介した。

 

16.名古屋の能楽

単著

平成193

たちばな出版 「新・能楽ジャーナル」 第40号 P.3

名古屋における現在の能楽界の状況を、名古屋能楽堂の管理者の変更、豊田市能楽堂の盛況、伝統文化子供能楽教室の紹介などを中心に述べた。

 

17.ラジオ放送と謡曲-「謡い方」の全国的統一への道-

単著

平成193

東海能楽研究会 「東海能楽研究会年報」 第11号 P.6P.7

ラジオの普及に伴い、全国放送で謡曲を取り上げるようになった。それは東京在住の家元や名人のものが多かったため、これを聞いて稽古に励む地方の愛好者の謡い方も、中央の物へ倣うようになり、地方色があった謡い方も全国統一へと導かれていった。

 

18.《熊野》試解

単著

平成195

廣田鑑賞会 「第八回公演パンフレット」P.10P.13

《熊野》の主題について、「花を見て寿命を思う」ことと「花を見て心を慰む」という観念の衝突であると指摘するとともに、平宗盛を我儘な人物と捉えるよりは、むしろ「風流」な人物に描かれていると指摘した。

 

19.名古屋で能と狂言を観よう

単著

平成198

名古屋市文化振興事業団 「なごや文化情報」第282号 P.3P.5

名古屋において能や狂言を鑑賞するために必要な知識として、場所、チケットの入手方法、曲目の選び方、粗筋の調べ方、稽古の方法などについて解説した。

 

20.戦後名古屋の邦楽界をみる

 

単著

平成217

名古屋市文化振興事業団「なごや文化情報」第305号 P.4P.5

 

昭和44年に設立された名古屋邦楽協会の歩みを中心に、ジャンルの広さ、名古屋市・財界との繋がりの強さなどの特徴を踏まえつつ、戦後の名古屋の邦楽界の変遷を追った。

 

21.昭和初期ラジオ放送の研究―「古典芸能」「伝統芸能」の成立

単著

平成219

放送文化基金 「放送文化基金報」 72号 P.36P.37

「古典芸能」「伝統芸能」というジャンルの成立に初期のラジオ放送が大きな役割を果たした。ラジオ番組を通して、人々は階級を離れて「芸」に親しみ、演者もその影響力に注目し、詞章を上品なものに変えるなどしてより放送しやすくした。新しいファンはそれまでこれらの芸能が行われた場所ではない「公会堂」「講堂」での「芸能鑑賞会」に行くようになった。

 

22.教員免許更新講習の現場から―能と和楽器

 

単著

平成2111

東京法令出版「月刊国語教育」第29巻第9号 P.9

 

大学の講座として、初めて教員免許更新講習を、「伝統芸能を教える」という目的で実施した際の工夫点などを報告した。

 

23.昭和の出目元休家再興について

単著

平成223

東海能楽研究会 「東海能楽研究会年報」 第14号 P.3P.4

世襲面打家である出目元休家は明治に絶えるが、昭和に入り矢野正吉が出目元休家を再興することになった。その経過を当時の新聞・雑誌記事や書簡から明らかにした。

 

24.戦後名古屋の三曲・筝曲

 

単著

平成225

名古屋市文化振興事業団「なごや文化情報」第314号 P.4P.5

 

戦後の名古屋の三曲・筝曲界の歩みを名古屋三曲連盟や名古屋三曲演奏家の会の諸先生方に聞き取りし、まとめた。

25.平成の名古屋能楽界

単著

平成229

名古屋市文化振興事業団「なごや文化情報」第319号 P.4P.5

 

平成94月の名古屋能楽堂開館を軸に、平成における名古屋能楽界の変遷を追った。

26.梅若万三郎家所蔵16ミリ映画フィルムのデジタル化について(1)―エレーヌ夫人羽衣の碑除幕式―

単著

平成236

梅若研能会「橘香」 第566号 P.14-15

平成22年の梅若万三郎家舞台の改築時に発見され16ミリフィルムなどの画像・映像資料は戦前から戦後にかけての能楽界の様子を伝える貴重な資料である。その中にあったエレーヌ・ジュグラリス(能楽師の舞台を見ることなく、能「羽衣」をフランスで舞台化した舞踏家)を記念する石碑の除幕式の映像をデジタル化し紹介した。これには二世梅若万三郎が「羽衣の松」の前で舞った「羽衣」が映っている。

 

27.梅若万三郎家所蔵16ミリ映画フィルムのデジタル化について(2)―エレーヌ夫人羽衣の碑除幕式―

単著

平成237

梅若研能会「橘香」 第567号 P.16-17

(1)  (1)の続きである。この石碑の建設には旧清水市議会の意向が大きく関わっており、さらにその中心にいたのは能「羽衣」を市の観光資源にし、また市の文化啓蒙活動に役立てようと考えた当時の市長だったこと、その流れは今日、「羽衣まつり」という形で実を結んでいることを述べた。

 

28.梅若万三郎家所蔵16ミリ映画フィルムのデジタル化について(3)―エレーヌ夫人とマルセルが遺したもの―

単著

平成239

梅若研能会「橘香」 第569号 P.18-19

本論では、もう一つのデジタル化した映像である日仏ハゴロモの会主催の二世梅若万三郎の「羽衣」を紹介し、エレーヌがフランスで上演した歌舞劇「HAGOROMO」の再現の可能性について検討した。

 

29.梅若万三郎家所蔵乾板フィルムのデジタル化について

単著

平成241

梅若研能会「橘香」 第571号 P.16-17

梅若万三郎家には300枚ほどの能関係の写真乾板が保存されている。これらのデジタル保存を始めた。本論ではその中から明治3040年代に撮影されたと思われる写真データを、「梅若実日記」から分かる当時の梅若万三郎家の様子と併せて紹介した。

 

30.名古屋の俗謡 名古屋甚句

単著

平成243

名古屋市文化振興事業団「なごや文化情報」第336号 P.4-5 

江戸時代から明治にかけて流行した歌謡の一つである「甚句」の中で名古屋を中心に発展したものを「名古屋甚句」と呼ぶ。これの発祥・発展・現在について述べた。

 

31.石水博物館所蔵江戸初期六冊組上掛系謡本

単著

平成243

東海能楽研究会 「東海能楽研究会年報」 第16号 P8-9

三重県石水博物館所蔵の六冊組の謡本について紹介した。これらは江戸初期の元和年間に作られた上掛系謡本と考えられ、ワキ方に関係する所作、謡い方の注意、狂言方との応答なども書きこまれており「伝書」としての性格も持つ。この六冊の所収曲名を挙げた。また本書には二種の極札が附属していたがこれらについても検討した。

 

32.日露戦争期の梅若家の充実―明治36年の「梅若実日記」から―

単著

平成244

梅若研能会「橘香」 第574号 P.18-19

日露戦争期の梅若家について「梅若実日記」の記述を参考にして考察した。当時は実が観世流の中心人物と目され、公的・私的な多くの催しに加え、多くの素人・玄人の弟子を抱えていたが、健康が万全ではなかったこともあり、万三郎と六郎を財産のみならずおそらく素人弟子も双方に分けた形で独立させ、実質的な中心へとさせていった。

 

33.名古屋の民謡界

単著

平成248

名古屋市文化振興事業団「なごや文化情報」第342号 P.4-5

民謡公演の構成・演出などを手掛けられている東彰治氏に名古屋の民謡界と民謡の魅力についてインタビューし、まとめた。

 

34.三曲の伝統と継承

単著

平成249

名古屋市文化振興事業団「なごや文化情報」第343号 P.8

1013日名古屋市青少年文化センター・アートピアホールで行われたコンサート「郷土が生んだ名作曲家 吉澤検校 雅の世界」の紹介と吉澤検校が作曲した曲の解説を行った。

 

35.明治三十年代後半梅若家の繁栄―梅若万三郎家所蔵写真乾板から―

単著

平成249

梅若研能会「橘香」 第579号 P.18-19

梅若万三郎家に保存されている明治三十年代に撮影された能関係の写真乾板をデジタル保存する中で、岩崎やフェノロサから依頼されて特別に撮影された写真があることを明らかにした。また『梅若実日記』の記事との比較により、当時梅若家の弟子であった青木只一や鈴木亥三郎、また子方の梅若美雄や観世繁(七世観世銕之丞雅雪)と推定される人物の写真を見つけることが出来た。

 

36.石水博物館所蔵「江戸初期筆六冊組観世流謡本」のクセの出の拍子についての注記

単著

平成253

東海能楽研究会「東海能楽研究会年報」第17号 P.12-13

先行論文(「東海能楽研究会会報」第16号)で紹介したこの六冊組謡本のうち《高砂》の冊と《白楽天》の冊の末にはクセの謡い出し方の種類と該当する曲名の書き込みがある。この書き込みについて観世流シテ方味方健師にご教示を頂き、解説と検証を行った。

 

37.日本風俗史学会への期待―広く開かれた学会へ―

単著

平成255

日本風俗史学会「風俗史学」第52号 P.65-66

「特別企画 学会のこれからを展望する 補遺」との主題に従い、期待される風俗史学会像について述べた。

 

38.梅若万三郎家所蔵 初世万三郎師の「『姨捨』関連資料」

単著

平成2510

梅若研能会「橘香」 第5810

P.12-13

梅若万三郎家所蔵の、初世万三郎師の『姨捨』に対する能評の雑誌や新聞の切抜きを紹介した。当時の『姨捨』の内容がよく分かる資料である。

 

39.室町時代礼法書に登場する武家の能の「故実」―『宗吾大艸紙』の猿楽関係記事から―

単著

平成263

東海能楽研究会「東海能楽研究会年報」第18号 P.4-5

室町時代に書かれた武家の礼法書である『宗吾大艸紙』の猿楽関係の「故実」についての記事から、当時の武家における能と能役者の扱いについて一考した。

 

40.バーチャル放送資料館設立の夢

 

単著

平成272

 

放送文化基金ホームページ内「読む・楽しむ」

http://www.hbf.or.jp/magazine/article/project2015_vol1

 

取材メモ、番組録音テープなどの放送資料はこれまで保存されず、多くは廃棄、一部が当時放送に携わった人の手元に残るのみである。しかしそれらも廃棄、劣化、再生不可などで利用できなくなりつつある。こうした貴重な一次資料を早期に収集・デジタル化し、また広く活用できる場としての放送資料博物館の設立が待たれるが、それに先立ち筆者らは「バーチャル」な放送資料館の構築を目指し、放送資料の収集・デジタル化とアーカイブ化を行っている。

 

41.東京の能楽師を呼んだ地方の謡会―中津川宝生会の昭和戦前の「記録」より―

単著

平成273

東海能楽研究会「東海能楽研究会年報」第19号 P.8-9

昭和四年から昭和十七年までの中津川宝生会の記録を紹介した。この中には松本長・宝生重英など宗家や著名な能楽師を東京から地元の愛好家が呼んで催した謡会の開催記録がある。

 

42.金剛流《竹生島 女体》について

 

単著

平成275

第二十四回廣田鑑賞会能パンフ P.8-9

金剛流の《竹生島 女体》のこれまでの上演記録と喜多流・観世流の《竹生島 女体》との比較について解説した。

 

43.幕末から明治20年代の名古屋能楽界~能楽の新しい担い手の顕在化~

単著

平成282

日本音楽学会中部支部「日本音楽学会中部支部通信」第79号 P.5-7

江戸時代、名古屋で密かに能を習っていた豪商などの町衆が、明治維新を経て公然と稽古・能楽師の後援を行うようになり、さらには舞台に立ちセミプロとして名古屋の能楽界を担っていくようになる過程を示した。平成2712月に行われたシンポジウムの講演要旨である。

 

44.資料紹介「飯塚恵理人宛辻山幸一氏書簡(20151129日消印)」

単著

平成283

椙山人間学センター「椙山人間学研究」第11巻 P.156-165

 

辻山幸一氏は神戸在住のSPLPレコードコレクターで「メディアと古典芸能研究会」ではそのコレクションのデジタル化とアーカイブ化を行っている。氏の太平洋戦争後から平成初期にわたるレコード収集の歴史を物語る書簡を紹介した。

 

45.《藤》間狂言の翻刻と諸本比較

単著

平成283

東海能楽研究会「東海能楽研究会年報」第20号 P.9-11

江戸時代の作である《藤》の三種の間狂言とシテ方が作成した「副言巻」を比較し、江戸時代中期以降、座付以外の演能が増えていった狂言方とそれに対するシテ方の関係について考察した。

 

46.大正から昭和戦前までの観世流謡曲免状の発行

単著

平成293

東海能楽研究会「東海能楽研究会年報」第21号 P.9-10

知立在住であった故山田清(通称甚三郎)氏が観世宗家から取得された免状と関連する能番組を紹介、「観梅問題」当時の免状発行状況について考察した。

 

 

 

 

 

 

[研究発表]

 

 

 

 

1.   能『井筒』と中世伊勢物語古注釈-「待つ女」等の解釈を通して-

単独

平成610

平成6年度中世文学会第77回大会

世阿弥作の能《井筒》のシテである有常娘の捉え方について、《井筒》の背景となっている、世阿弥当時に流布していた「伊勢物語」の古注釈書に描かれる有常娘物語を再検討し、世阿弥が通常のシテの形態とは異なり、成仏よりも永遠に業平を「待ち得たる」ことにより至福を願う存在として有常娘像を設定したことを明らかにした。

 

2.   作り能の方法

単独

平成138

6回<世阿弥忌>研究セミナー

『三道』では「本説」≒典拠がなく、「名所・旧跡の縁」に「作りなした」能を「作り能」と呼んでいる。「縁に作りなす」とはどういうことかを明らかにするため、これまで「本説」がないと言われていた《松風》と《砧》を取り上げ、これらが中心テーマである和歌の「和歌の心」の改変により創作されていること、この方法が「作り能」を作る方法として確立していたことを示した。

 

3.明治期の名古屋能楽    界

 

単独

平成1710

46回日本風俗史学会

明治初年において、能楽は長唄・日本舞踊などとは異なる高尚な芸能であり、他の芸能に比して能楽が上流階級の「趣味」として相応しいものとして扱われていた。そのイメージを長唄・日本舞踊などが利用して己の芸の高尚化を図ったこと、逆に能楽側は他と一線を画するために日本舞踊の師匠などが参加した「吾妻能」へ参加した能役者を排除したことを示した。

 

4.音に聴く大正・昭和の能

単独

平成1812

能楽学会 第7回能楽フォーラム

SPレコードなどに残る大正・昭和の名人たちの謡などの音源を、梅若万三郎師、梅若万佐晴師を始めとする多くの方々の御好意により提供して頂き、デジタル処理し、より鮮明な形にして聴き比べ、現在の謡曲との比較を行なった。

 

5.昭和初期の能楽-新聞・ラジオ放送と蓄音機レコードを中心に-

単独

平成196

2007年度日本演劇学会全国大会

昭和初期になると能楽の観客が、大パトロンから「新聞を購読するような知識人階級」の一般人へ変化した。新聞社は能楽を主宰し、紙面上で「記事」の形で宣伝をするという興行が行なわれるようになった。さらに稽古の方法に「SPレコードやラジオ放送の謡曲番組による稽古」という新しい形態が生まれ、流儀の中でも地方色があった謡い方も全国統一へと導かれていった。

 

6. アーカイブショーケース 「演劇とアーカイブ―集積から運用へ―」

共同

平成2510

2013日本演劇学会秋の研究集会

演劇学におけるアーカイブの運用への端緒となることを目的として、椙山女学園大学藤岡阿由未氏と共に学会参加者が直にアーカイブに触れることが出来るポスターセッション展示「アーカイブ・ショーケース」をプレゼンテーションした。

 

7.幕末から明治20年代の名古屋能楽界―能楽の新しい担い手の顕在化

単独

平成2712

日本音楽学会中部支部シンポジウム「幕末から明治の名古屋の伝統芸能」(於名古屋女子大学)

研究報告として、江戸時代の名古屋で密かに能を習っていた豪商などの町衆が、明治維新を経て公然と稽古・能楽師の後援を行うようになり、さらには舞台に立ちセミプロとして名古屋の能楽界を担っていくようになる過程を示した。

 

 

 

 

 

 

[翻刻]

 

 

 

 

1.   筑波大学附属図書館所蔵 西村本
『間之本』(A冊)

単著

平成63

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」
18号 P.71P.118

江戸時代貞享年間以前の大倉流間狂言本とされる西村本(現存2冊、A冊およびB冊と呼称されている)には、他の貞享年間の間狂言本には収録されていない曲が多く掲載され、当時の間狂言の詞章を知る上で貴重である。本翻刻ではその西村本の内のA冊を翻刻した。

 

2.   刈谷市立図書館村上文庫蔵「伊勢物語髄脳」(1

共著

平成63

椙山女学園大学

「椙山女学園大学研究論集」 第25

「人文科学篇」

P.81P.95

伊勢物語の古注釈書の1つである「伊勢物語髄脳」は「男女の和合の功徳」が悟りへ導くという趣旨で、当時の業平観・伊勢物語観に大きな影響を与えている。「伊勢物語髄脳」には現在2系統があることが知られているが、その内の1系統に属する刈谷市立図書館村上文庫蔵本には完全な翻刻がない。この刈谷市立図書館村上文庫蔵「伊勢物語髄脳」を翻刻し、それを底本として他系統の本および同系統の他本を対校本とした校本を作成した。本翻刻では書題より「深秘第七」までを扱う。

 

3.   藤田六郎兵衛氏蔵
『安政五年戌午改分限帳』-江戸末期の尾張藩お抱え能役者-

単著

平成612

名古屋芸能文化会
「名古屋芸能文化」
4号 P.32P.43

笛方藤田流宗家藤田六郎兵衛師は、藤田家が江戸時代を通じて尾張藩御役者笛役として抱えられていた為、尾張藩お抱え能役者についての記録を多数所持しておられる。特に俸禄、年齢、住所、所属などが記録された「分限帳」には「藩士名寄」にも記載されていない記事も多く、当時の能役者の境遇を考察するのに非常に有益である。本翻刻では明治元年の10年前という幕末の安政5年の分限帳を翻刻した。

 

4.   刈谷市立図書館村上文庫蔵「伊勢物語髄脳」(2

共著

平成73

椙山女学園大学

「椙山女学園大学研究論集」 第26

「人文科学篇」

P.103P.122

 

1)に続き刈谷市立図書館村上文庫蔵「伊勢物語髄脳」を翻刻し、校本を作成した。本翻刻では「千葉破」より、最後の「識語」までを扱う。

5.   筑波大学附属図書館所蔵 西村本
『間之本』
(B冊その一)

単著

平成73

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」
19

P.115P.131

 

A冊に続き西村本『間之本』B冊の最初の20曲分を翻刻した。

 

6.   筑波大学附属図書館所蔵 西村本
『間之本』
(B冊その二)

単著

平成83

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」
20
P.145
P.169

 

A冊、B冊その一に続き西村本『間之本』B冊の続き38曲分を翻刻した。

 

7.   脇方高安流宗家所蔵『語』-船弁慶 半蔀 誓願寺 忠度-

単著

平成93

椙山女学園大学

「椙山女学園大学研究論集」 第28

「人文科学篇」

P.97P.100

 

高安流で極秘事とされ、従来未公開であった脇語の伝書を翻刻した。この翻刻によって、脇語の内容が明らかになった。

8.   筑波大学附属図書館所蔵 西村本
『間之本』
(B冊その三)

単著

平成93

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」
21

P.131P.152

 

A冊、B冊その一、その二に続き西村本『間之本』B冊の続き20曲分を翻刻した。この翻刻で西村本『間之本』の翻刻は完結した。

9.   飯富雅介師所蔵『高安流仕舞附 天・地・人』(一)

単著

平成109

椙山女学園大学生活科学部生活社会科学科 「社会と情報」

3巻第1

P.178P.199

高安流ワキ方飯富雅介師所蔵の高安流ワキ型附である『高安流仕舞附』の奥書には、豊後岡藩、大神性阿南惟英主人の名がある。この人物については現在調査が及んでいないが、この本は高安流ワキ型附として現行曲のほとんどを収めた貴重なものである。この仕舞附は天・地・人の3冊組であり、この翻刻では最初の「天」冊を対象とした。

 

10.  新城 川村類造旧蔵本『高安流脇仕舞附』(一)

単著

平成1012

名古屋芸能文化会

「名古屋芸能文化」

8号 P.9P.38

現愛知県新城市で高安流ワキ方として演能していた川村類造が旧蔵していた高安流のワキの所作を書いた本である『高安流脇仕舞附』を翻刻した。この仕舞附は5冊組であり、この翻刻では最初の「仁」冊を対象とした。

 

11.  飯富雅介師所蔵『高安流仕舞附 天・地・人』(二)

単著

平成112

椙山女学園大学生活科学部生活社会科学科 「社会と情報」

3 P.165P.188

(一)に続き『高安流仕舞附』の「地」冊を翻刻した。



12.  飯富雅介師所蔵『高安流仕舞附 天・地・人』(三)

単著

平成119

椙山女学園大学生活科学部生活社会科学科 「社会と情報」 第4巻第1号 P.86P.102

 

(一)(二)に続き『高安流仕舞附』の「人」冊を翻刻した。本稿で飯富雅介師所蔵『高安流仕舞附 天・地・人』の翻刻は完結した。

13.  新城 川村類造旧蔵本『高安流脇仕舞附』(二)

単著

平成1112月 

名古屋芸能文化会

「名古屋芸能文化」第9号 P.48P.77

 

(一)に続き、二冊目の「義」冊を翻刻した。

14.  新城 川村類造旧蔵本『高安流脇仕舞附』(三)

単著

平成1212月 

名古屋芸能文化会 「名古屋芸能文化」

10号 P.25P.54

 

(一)(二)に続き、三冊目の「禮」

冊を翻刻した。

15.  新城 川村類造旧蔵本『高安流脇仕舞附』(

単著

平成1312月 

名古屋芸能文化会 「名古屋芸能文化」

11号 P.20P.43

 

(一)(二)(三)に続き、四冊目の「智」冊を翻刻した。

16.  新城 川村類造旧蔵本『高安流脇仕舞附』(

単著

平成1412月 

名古屋芸能文化会 「名古屋芸能文化」

12号 P.52P.76

 

 

(一)(二)(三)(四)に続き、五冊目の「信」冊を翻刻した。本稿で川村類造旧蔵本『高安流脇仕舞附』の翻刻は完結した。

17.  名古屋狂言共同社所蔵山脇和泉家伝来九冊組間狂言本(一)

単著

平成1512月 

名古屋芸能文化会 「名古屋芸能文化」 第13号 P.93P.115

名古屋狂言共同社所蔵の九冊本の間狂言本の第一冊を翻刻した。山脇和泉家に伝来したもので、現存最古に属する本と考えられ、内容的に古態を伝えていると想像される。

 

18.  新城 川村類造手沢本 『高安流脇仕舞附 乾』

単著

平成163

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」 28号  P.89P.117

「名古屋芸能文化」(第8号~第12号)に連載した川村類造本と補完する関係にある高安流の仕舞附。高安流の仕舞附はほとんど公開されていないので、全文を翻刻した。

 

19.  豊嶋十郎筆『高安流仕舞附 天』(一)

単著

平成173

名古屋芸能文化会 「名古屋芸能文化」 第14号 P.81P.107

高安流脇方として活躍された豊嶋十郎師が書き写された高安流のワキ方の仕舞附である。豊嶋家に伝わる型附として大変貴重なものである。「天・地・人」の三冊組である。大部なものなので、今回は「天」冊の前半を翻刻した。

 

20.  新城 川村類造手沢本『高安流脇世理賦附 坤』

単著

平成173

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」 29号  P.47P.75

新城在住の高安流脇方であった川村類造手沢の高安流の脇の本文について記した本で、研究者に知られていない本なので全文を翻刻した。豊橋在住の高安流脇方、鈴木九平の筆による部分がある。幕末から明治期にかけての脇の台詞の実際が知られる好資料である。

 

21.  豊嶋十郎筆『高安流仕舞附 天』(二)

単著

平成1712

名古屋芸能文化会 「名古屋芸能文化」 第15号 P.91P.115

前号に引き続き高安流脇方として活躍された豊嶋十郎師が書き写された高安流のワキ方の仕舞附を翻刻した。今回は「天」冊の後半を翻刻した。

 

22.三須錦吾家・山本東次郎家の代々-岡藩の能楽関係資料-

 

単著

平成183

椙山女学園大学国文学会 「椙山国文学」 30号  P.65P.88

 

豊後岡藩中川家に仕えた幸流小鼓方三須錦吾と大蔵流狂言方山本東次郎の「勤録」を調査、翻刻した。その結果、彼らは「能楽師」として抱えられたのではなく、「門番」や「坊主」として抱えられていたこと、その上で能楽師としての仕事もさせるという兼職であったことが分かった。

 

23.<資料紹介>「山脇得平稽古本 間之本」

 

単著

平成183

東海能楽研究会 「東海能楽研究会年報」 第10号 P.12P.13

山脇得平は和泉流狂言方山脇藤左衛門の九世(養子ではあるが)であり、明治維新期という激動の時代を生きた役者である。彼で山脇藤左衛門家は終わるが、その芸事と伝書は「芸事後継者」の角淵宣に引き継がれた。彼の稽古本の曲名を目録によって示した。

 

24.豊嶋十郎筆『高安流仕舞附 地』(一)

単著

平成1812

名古屋芸能文化会 「名古屋芸能文化」 第16号 P.70P.84

前号に引き続き高安流脇方として活躍された豊嶋十郎師が書き写された高安流のワキ方の仕舞附を翻刻した。今回は「地」冊の前半を翻刻した。

 

25豊嶋十郎筆『高安流仕舞附 地』(四)

単著

平成1912

名古屋芸能文化会 「名古屋芸能文化」 第17号 P.18P.31

 

前号に引き続き高安流ワキ方の仕舞附を翻刻した。今回は「地」冊の後半を翻刻した。「地」冊はこれで完結である。

 

26.豊嶋十郎筆『高安流仕舞附 人』(五)

単著

平成2012

名古屋芸能文化会 「名古屋芸能文化」 第18号 P.17P.40

 

前号に引き続き高安流ワキ方の仕舞附を翻刻した。今回は「人」冊の最初より55の《とほる》までを翻刻した。

 

27.豊嶋要之助筆『高安流 間狂言応答』(一)

単著

平成2110

『古代中世文学論考 第二十三集』 古代中世文学論考刊行会編    

新典社 P.264P.285

 

東京の高安流ワキ方藤野藤作師所蔵の豊嶋要之助(豊嶋十郎の兄)筆になるワキと間狂言の応答(アシライ)に関する「豊嶋家伝来秘書」(現在不明)の写本を『高安流 間狂言応答』と名付け、翻刻した。本稿は目録と40の《胡蝶》までである。

 

28.豊嶋十郎筆『高安流 仕舞附 人』(六)

単著

平成2112

名古屋芸能文化会 「名古屋芸能文化」 第19号 P.47P.70

 

前号に引き続き高安流ワキ方の仕舞附を翻刻した。今回は「人」冊の56《熊坂》から109《吉野静》までを翻刻した。

 

29.豊嶋要之助筆『高安流 間狂言応答』(二)

単著

平成228

『古代中世文学論考 第二十四集』 古代中世文学論考刊行会編    

新典社 P.295P.311

 

『高安流 間狂言応答』の翻刻の続きである。本稿では41の《江口》から80の《芦刈》までを翻刻した。

30.豊嶋十郎筆『高安流 仕舞附 人』(七)

単著

平成2212

名古屋芸能文化会 「名古屋芸能文化」 第20号 P.40P.66

 

前号に引き続き高安流ワキ方の仕舞附を翻刻した。今回は「人」冊の110《放下僧》から160《柏崎》までを翻刻した。

 

31.豊嶋要之助筆『高安流 間狂言応答』(三)

単著

平成233

『古代中世文学論考 第二十五集』 古代中世文学論考刊行会編    

新典社 P.303P.317

 

『高安流 間狂言応答』の翻刻の続きである。本稿では81の《海人》から最後の123の《道成寺》までを翻刻し、これで『高安流 間狂言応答』の翻刻は完結である。

32.佐藤友彦師所蔵『高安流狂言応答』

 

単著

平成233

東海能楽研究会 「東海能楽研究会年報」 第15号 P.7

この本は高安流ワキ方西村敬元が明和元(1764)年に「邦高雅士」に与えた、ワキ方と間狂言が応答する際の詞章についての伝書である。このような書は残存数が少なく、内容も明和年間に遡る可能性が高い貴重本である。この本の所収曲名を挙げた。