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NO.8 1964.9〜 Index. Page Description 1. 133.愛知県知多郡南知多町豊浜 7.134.愛知県知多郡南知多町内海 11.135.岐阜県加茂郡八百津町 15.136.岐阜県山県郡美山町葛原 16.137.名古屋市港区本宮町の嫁獅子 17.138.名古屋市昭和区平針 23.142.愛知県南設楽郡鳳来町 25.143.愛知県渥美郡渥美町福江(畠神社雨乞唄他) 29.144.愛知県碧南市(酒屋唄) 37.145.高山民謠(スタディオどり) 1 祭礼時、いさみのあとに踊るとき以外は、餓鬼踊りのみで終ることなく、通常餓鬼踊りに始まり、踊りが長くなるに従い真向踊りになる。前者は素朴で粗野な感じのする踊りだが、後者は優美な日本舞踊的な踊りである。 しかし世の移り変りと共に、両者共型の崩れがきざしかけてきたことは、争われない事実であり、型の崩れをなげくのは満更土地の古老ばかりではないようである。とは云え近頃盆踊りの隆盛に伴って、これが研究もさかんだから、盆踊りの型も正常に復し、もうこれ以上型の乱れを招来するようなことは先ずないだろう。 以上 踊りのふり おしょくり おしょくりは魚の仲買のこと。師崎から名古屋その他迄 魚を舟で運ぶ時に、ねむけざましに艫をこぎながら唄ったものである。 晩に師崎を出て朝、宮へ着く、引返して帰るのがまた夜になるという強行軍であった。 いさみ音頭 祭りの時に屋台をくりこむ時の唄 §133.南知多町豊浜 1964.9.5 本田善郎、手島高幸、阿部 正、寺西昭博、世話役川口栄市 1.須佐踊り 太鼓牧野清松(39) はやし豊浜青年団 〓ソラ 踊り子はたのむぞー 浜本善一(50) (ハ)ソラ音頭出しゃたのむぞ 2 えー たのむが揃たら わしの若い時や 小佐迄かよた (ハ)ソレー /\ 小佐の薬師堂で なんからさきの (ハ)アラ エンサーノセ はりがさえたよ まことにの 夜が明けたエー (ハ)小佐の薬師堂で 夜が明けた ソレワエー 夜が明けたエ 〓ソリャ もう一声たのむぞ 天野 勝(39) ソリャ 音頭出しゃ たのむぞ ソリャ たのむぞが合点なら 中須中の瀬に 瀬が二瀬ある ソレー /\ 思い切る瀬と なんからさきの アラエンサーノセ はりがさえたよ まことにの 思いきらぬ瀬とエ 思い切る瀬ときらぬ瀬と ソレサエー きらぬ瀬とエ 〓ソラ はやしはうまいぞよ 大岩徳正(28) ソラ 音頭出しゃ うまいぞ エー うまいぞが合点なら 今夜ここにねて 明日の夜はどこだ ソレー /\ 明日は田の中 なんからさきの アラエンエレサーノセ はりがさえたよ まことにの あぜまくらエ 明日は田の中 あぜまくら ソレサエー あぜまくらエ 〓ソラ はやしをたのむぞ 松本真夫(45) ソラ 音頭出しゃ たのむぞ 3 エー たのむぞが揃たら 西行法師が はじめて東へ下りの節に ソレー /\ 宮の熱田の熱田の宮の ソレー /\ 西の御門で昼寝をなされて ソレー /\ ふと眼をさまし ソレー こんなすゞしきおん宮さまを ソレー 誰が熱田と名をつけたやら ソレー きくより神主もうすることにゃ ソレー これさ西行よ これ坊さんよ ソレー 西★サイ★という字は西★ニシ★ともよむ字 ソレー 行★ギョー★という字はゆくではないか ソレー 西へ行くとの身でありながら ソレー 東下りはなんからさきの アラエンエンサーノセ はりがさえたよまことにの 何事ぞエ 東下りは何事ぞ ソレワエー 何事ゾエ 〓ソリャ 踊り子はよー揃た 三浦清数(44) ソリャ 音頭出しゃ よく揃た エー 若い衆が合点なら 奥州仙台 弁天ヶ原で ソレー /\ 親の仇が討ちたさ故に ソレー 江戸は浅草の観音様え ソレー 七日七夜となんからさきの アラ エンエンサーノサ はりがさえたよまことにの 断食よエ 七日七夜さ 断食よ ソレワエ断食よエ 〓 ソラ もう一声しゃんとせ 浜本善一(50) ソラ 音頭出しゃ しゃんとせ エー しゃんとせが合点なら 障紙あければ三島が見ゆる ソレー /\ 佐久や日間賀や篠島に野島 ソレー 野島あとに見て なんからさきの アラエンエンサーノセ はりがさえたよまことにの 伊勢参宮エ 野島後にして 伊勢参宮 ソレワエ 伊勢参宮エ 〓一番と同じ 天野 勝(39) 〓 ソラ はやしをたのむぞ 大岩徳正(28) ソラ音頭出しゃ たのむぞ エー たのむぞが合点なら こんな踊りこはさらりとやめて ソレー /\ 5 今のはやりのなんからさきの アラエンエンサーノセ はりがさえたよまことにの 中須踊り ソラヤートセ エーエー/\ [ここから中須踊へと入っていく] ヤーナントモセーエ 2中須踊り 〓エー 中須エー 中の瀬に 松本貞夫(45) エー瀬が二つある アーナンデモセー エー思い切る瀬と エーそりゃ切らぬ瀬と ソラヤートセ エー/\ ヤーナントモセー 〓エー わしの若い時ゃ 三浦清数 エー小佐まで かよた アーナンデモセー エー小佐の薬師堂で エーそりゃ夜が明けた ソラヤートセ エー/\ ヤーナントモセー 〓エー揃た揃たよ 浜本善一 エー踊り子が揃た アーナンデモセー エー稲の出穂より エーそりゃよく揃た ソラ ヤートセ エー/\ ヤーナントモセー 〓エー 月は何時 天野 勝 エー スバルさま西に アーナンデモセー エー いとし主さは エーそりゃおきたかエ ソラ ヤートセ エー/\ ヤーナントモセー 〓エー 月は重なる 大岩徳正 エー 身は重くなる アー ナンデモセー エー 主との線は エーそりゃうすくなる ソラヤートセ エー/\ ヤーナントモセー 3.甚句 〓トコドッコイドッコイショット 娘島田に蝶々がとまる トコショイ とまる筈だよ花じゃもの トコドッコイドッコイショット 〓(以下はやし略) 私しゃ若梅 色気は無いが しそにもまれて色気づく 〓沖の暗いのに白帆が見える あれは紀の国 みかん船 〓お前百迄 わしゃ99迄 共に白髪のはえるまで 〓わしの若い時ゃ 小佐まで通た 小佐の薬師堂で夜が明けた 〓中須中の瀬に 瀬が二瀬ある 思い切る瀬ときらぬ瀬と 〓思いなおしてそう気はないか 鳥も枯木にゃ 二度とまる 〓わしとあなたは仲好いけれど 人が水さしゃうすくなる 〓泣いてくれるな出船のときにゃ 沖で櫓かいが手につかぬ 〓伊豆の下田をあさやままけば 7 晩には紀州の鳥羽の浦 〓こんどみてきたよ 神島の灯台は だれをまつやろ くる/\と 〓昔なじみとつまづく石は にくいながらもあとを見る 〓盆のお月さま おそ出ておくれ わしの恋路の邪まになる トコドッコイドッコイショット 所は上州 竹林★タケバヤシ★ ひき割ごぜんの炊きおきで [ひきわりごぜん…玄米] 一ときすぎたらバラ/\ 旧6月20日にお祭りがあり盛大に盆踊りが行われる。青年が多数、積極的に参加している数少ない盆踊保存地の一つである。須佐踊から中須踊りえは中断なしに続けられる。つなぎの唄に注意のこと。甚句では最後の“一ときすぎたらバラ/\”でおひらきになる。 §134.南知多町内海 194.9.6 スタッフ 豊浜と同じ 1.盆唄 〓(ハ)ハーヨーイ/\ ヨーイヤサノエー 服部栄七(81) 傘が三がい 刀が三腰 ハードッコイショ 誰があげたや 笠寺さまへ ハーヨーイ/\ ヨイヤサノセー (以下ハヤシ略) 50" 〓裏へまわりて高塀をこえて 榎戸孫四郎(76) 和尚和尚と二声三声 1'38" 〓沖の鴎に 汐時きけば 松本国吉(75) わたしゃたつ鳥 波にきけ 2'23" 〓つんつん椿を 頭にさして 大岩秀吉(73) せめてのぞこか 水鏡 3'08" 〓五万石でも岡崎様は 竹内豊秋(50) 城の下迄 舟がつく 3'50" 〓色で身をうる西瓜でさえも 清水岩吉(70) 中にゃ苦労の種がある 4'33" 〓めでためでたが三つかさなりて 山下蒔吉(62) 鶴が御門へ巣をかけた 5'18" 〓めでためでたの若松さまは 山下蒔吉(62) 枝も栄えりゃ葉もしゅげる 6' 〓由比の正雪丸橋忠弥 服部よね(65) サーサこれから天下をのぞむ 6'40" 〓来るか来るかと待つ夜はこんで 竹内みね(73) またの夜に来て辛かろに 7'20" 〓伊勢がよいかな名古屋がよいか 服部うめ(70) 二つどりなら 伊勢がよい 8'08" 〓もうし皆様ごくろでござる 榎戸孫四郎 8'50" これで音頭出しゃ もえいとまごい 2.おしょくり 1'42" 榎戸孫四郎 〓ハーアーアー 舩の{しんぞ}と女のイナイよいは [新造] アーヤレコラショー 人がみたがる ヨイサ のりたがる 〓 ハーアーアー 五万石でも岡崎 ナーイ様は アーコレワイショ 城の下迄 ヨイサ 舟がつく 〓ハーアー/\ 鳥羽よ鳥羽よとかじはとるなれど アーコレワイショ 汐は下げ汐 ヨイサ{だしの風} [北東の風] 9 3.甚句 3'37" 榎戸孫四郎 〓チョイト皆さん お笑い草のヨー ハー びわ島で立つのは 一という になって走るを 二という 女の大厄 三という 子供の小便 四という 石を並べて 五という 酒屋のおけを 六という 品物もちいて金を借りるを 七という 姉さん われものは 八という 心配するのは 九という 水にヤキガネヨー ホホホイ ハアー十★ジュッ★という 〓ハー 今度御遷宮で餅を沢山投げました ところへ十七八なるねえさんが ちらりぷらりとやってきて どういう拍子か知らないが 頭へ餅がのりました ところへ若い衆さんがやってきて 餅をとろうといたします ねえさんところで申すには そりゃ又餅はあげますけれど 髪をはなして ヨホホホイ ハーくだしゃんせよ トコドッコイドッコイドッコイショ 〓ハー /\/\ あなたとそうなら わしゃどこまでもヨ アー 雨の降る日は師■でも 風の吹く日は由良之介 朝ない昼ない伴内で しまの財布はおかるでも わたしゃどうでも ヨホホホイ アー与市兵衛だよ 4.掛矢 1'30" 榎戸孫四郎 〓ヤレ そはーの谷 コラ敦盛様の ヤレ墓所どころか オサ なつかしや 〓ヤレ 五万石でも コラ 岡崎さまは コラ城の下まで オサ 舟がつく 〓アー ここは西の宮 コラお大社の浜よ 〓 コラ舟に身を入れて オサ こげせんど 5.唐臼 1'25" 榎戸孫四郎 〓めでた/\のヨーオオイ 若松様はアーイ 枝も栄ゆて ヨーオオイ 葉もしゅげるヨーイ 〓枝が栄ゆてお庭がくらい 一の枝より ヨーオイ この枝よりもヨーオイ 三の小枝がヨーオイ かげをさす ヨーオイ 6.伊勢音頭 3'10" 松本国吉 〓ハーヨーイサー 伊勢はヨーイかな ヨイヨイ 名古屋はよいか アラヨーイセーソーラセー 二つのりなら アーソリャ 伊勢はよい コラ/\ ヤートコセー ヨーイヤナ ハリワーセ オレワーセ サーヤーレコーノセー 〓(ハヤシ略) お前百迄 わしゃ99迄 共に白髪の 生える迄 〓(ハヤシ略) 色で売る 11 水瓜でさえも 中にゃ 苦労の種がある 7.高宮神社祭礼山車ばやし @神東 2'25" A砂切 1'53" B大神東 1'44" C小砂切 1'40 D六法の2 2'03" E六法の1(三味線入) 1'40" 大太鼓 内田喜三郎(68) 小太鼓 岩崎幸平(39) 笛 橋本啓三(46) 橋本泰★タイ★三郎(45) 岩崎義高(41) 内田義夫(38) 森田幸治(30) 内田 茂(44) 鼓 谷川孝一(39) 大岩雅夫(42) 三味線 早川正一 §135.岐阜県加茂郡八百津町 1964.10.12 手島 伴 寺西 1.雨乞唄(杣沢) 8' 田口芳一(63) 〓東西鎮まり歌おろし 杣沢奥の神明様 雨乞いかけたら雨おくれ 今年ゃ大そな日でソソロ 夕立おろさにゃいやでそろ みごとなじさめをしっぽりと これより東の雨池で 十三小女郎がすげを刈る 何にするとて菅を刈る 蓑にするとて菅を刈る 蓑にゃなるまい笠になる 笠よい笠越後がさ 越後の所へと戻り出せば 一荷を五百で値がついた 一荷を五百で売るよりも 乙姫様にかぶせましょう こうせん小唄もこればかり 〓東西鎮まり歌おろし 杣沢奥の白山宮 今年は大層なひでりそろ 雨乞いかけたら雨おくれ 夕立あらさにゃ いやでそろ 美事なじさめをしっぽりと おりから大きな荒じさめ 乙姫様をのせてまして 津島の沖へ漕ぎだせば 折から大きな荒じさめ 津島に天王がござるなら(歌では落ちている) この船助けて下される そのまたお礼に何をする 一なる鳥居を金ではる それでもまんだ不足なら 二なる鳥居を金ではる それでもまんだ不足なら たるきの小端を金ではる それでもまんだ不足なら 前のきざはし金ではる それでもまんだ不足なら お宮の{つれびと}金ではる こうせん小唄もこればかり [全部の意] 〓東西鎮まり歌おろし 杣沢奥の八幡宮 おれの隣の千松は 今年はじめて田を作る 稲はすがれる鎌はなし 関の鍛冶やへ鎌うちに 一年たってもまんだこぬ 二年たってもまんだこん 三年と三月で状が来た 誰に来いとの状が来た 大人に来いとの状がきた こうせん小唄もこればかり 2.馬子唄(黒瀬港) 2'37" 神谷逸平(76) はい はい 赤河★アコオ★の前坂 四十八まがり 上りかねたぞ この坂は やめておくれとたのんだけれど 今日もおいでた高山へ 3.しで踊り(どじょふみ踊り) 1'35" 田口芳一 〓ああ 何と若い衆 どじょふままいか スットコスットコスットコセ どじょうふむとて岩のこしふんだ 岩のこしにはアラどじょうはおらぬ スットコスットコスットコセ 〓おばばどこいきゃる三升樽さげて スットコスットコスットコセ 嫁の在所に孫だきに 13 スットコスットコスットコセ 〓ああそろたそろたよ 踊り子がそろた 稲の出穂より そりゃよくそろた 稲の出穂にゃ出むらが このまた踊り子にゃ こいつはむらがない スットコスットコスットコセ 4.鰐口曳き音頭(杣沢) 30" 田口芳一 〓あー西行が西行がヨイヨイ 熱田の森で昼寝してヨイヨイ こんなすずしいおん宮をヨイヨイ 誰が熱田と名をつけたヨイヨイ 5.伊勢木音頭(錦織) 2'35" 神谷逸平 〓そもそも神のはじまりはヨイヨイ 天地分るるその時にヨイヨイ 高天原というとこにヨイヨイ はじめてなり出で給いしがヨイヨイ 天之御中主神ヨイヨイ 高御産巣日神、神産巣日神でヨイヨイ 次に現れ給いしが伊邪那岐 伊邪那美の男女の神が現れてヨイヨイ 天浮橋に立ちたまいヨイヨイ おのころ島に住居を定められヨイヨイ そこでお生れあそばすがヨイヨイ 天照皇大神宮 ヨイヨイ 人徳無限の女神にて 豊■原は瑞穂のくにを統御遊ばす大神でヨイヨイ 頃は第十代崇神天皇のおん御世にヨイヨイ 始めて大和の国はカサヌヒの村にお祀り給いしが その後第十一代垂仁天皇のおん御世に カサヌヒ村より伊勢の国ヨイヨイ 度会郡は伊勢五十鈴の川上に お遷したもうた大神がヨイヨイ これぞ我々の大神じゃ ヨーヨイショヨイショヨイショ 6.石搗唄(大づき) 2'06" 神谷逸平 〓あー めでためでたがやれ やっとこせ よーいやな あーめでためでたが三つ重なりて 鶴が御門に こいつは巣をかけた よーいそこだとね はーりわ ありゃりゃのよーいそこだ よーいそこだ よーいそこだとね 〓あー鯉は瀬にすむ やーれやっとこせ よいやな あー鯉は瀬にすむ鳥や木に止る 人は情のこいつは下に住む よーいそこだね はーりわ ありゃりゃのよーいそこだ よーいそこだ よーいそこだとね 7.石搗唄(小づき) 1'25" 神谷逸平 〓めでたなー めでたが あー三つ重なりて とこしょい 鶴が御門に こいつあ 巣をかけた エー やっさい えーやっさい 〓うしろ姿をちょいと見てほれたえー あーやっさいやっさい こちらがちょいと向きゃ あらこいつはやぶにらみ あら やっさい えーやっさい 8.舟方追分 1'30" 神谷逸平 〓将棋の駒で わしゃなけれども ヨイトナー あーひしゃびしゃあわぬが きょうふまでエー 何のけいまのふあいさつ 金銀使うて下さるな コレサノミマセー わたいも女房のかくなれば どうでもこよいはおうてさセ 伊勢木音頭について…八百津の町は、終戦前までは、伊勢神宮の遷宮がある毎に、木曽から運ばれる御神木を拝もうとする人で賑った。なにしろ御神木だから、非常に神経を使い、筏にくむとカギをひっかけなければならないので、筏にくむこともできず、一本づつ木曽川を流して、その岸への 15 あげおろしに随分と苦労したようである。 当日は揃いの黒いはんてんにももひき、白地に赤で大一と染めた鉢巻をしめた人夫が百人程で御神木を引張り、定めの場所まで運び、そこで七日七晩の御逗留という事になる。これはその後太田、犬山、笠松と同様に御逗留が続くわけである。 この御神木を曳く時に音頭とりが歌うのが、この伊勢木音頭である。この文句は神谷逸平氏が自分で作ったものである。 雨乞い唄について…杣沢に古くから伝わるもので、ひでりが続くと、村の人が総出で薬師堂前の広っぱへ集り、音頭とりに続いて、ぐるりを囲んだ人達が一節づつ歌っていく。 「雨乞い唄」に続いて「しで踊り」に入る。これはみんなが踊りながら歌うもので、その踊り方がどじょうを踏む姿に似ているので、一名「どじょふみ踊り」ともいわれている。 「どじょふみ踊り」が終ると、薬師堂の鰐口をはずし、こもに入れて網をかけ、みんなで曳っぱって、村はづれの下田★しもだ★の港まで行きます。この鰐口を滝つぼに雨が降る迄埋めておき、雨が降ったら又掘り出してもとの薬師堂に戻す。この曳っぱっていく時に歌われるのが「鰐口引き音頭」である。 §136.岐阜県山県郡美山町葛原 1964.10.22 手島、伴、小沢 太政踊りの内 ┌ 1.渡り拍子 2'00" │ 2.雨乞い踊り 9'05" 別紙参照(太鼓唄) │ 3.十六拍子 2'06" └ 4.生霊送り 1'15" 5.石搗唄 1'58" 〓今日は日もよし 日がらもよいで お家繁昌の アーヨホホー 石をつく ヨーイ石をつく ヨセ/\/\/\ 〓これはこの家の金かけ柱 小倉花咲く アーヨホホー 金がなる ヨーイ金がなる ア ヨセ/\/\/\ 〓これはこの家のいぬいの柱 小金がますを アーヨホホー 積むところ ヨーイ 積むところ ア ヨセ/\/\/\ 6.臼挽唄 1'58" 〓臼をひきゃこそ お手にもさわる あいは見るばか 思うばか 〓臼のかるさよ 相手のよさよ 相手かわるな明日の夜も 〓旦那大黒 御新造はえびす できたその子は稲の神 7.木挽節 1'20" 〓やれ木挽ゃ 山中の奥にはすめど みづしぐらいは目にゃかけぬ [みづし…水商売の女] 〓やれ木挽さまたちゃ ドッコイサノサ お国は サ、どこよ 国は熊野のながれ谷 ドッコイショ/\ 以上 唄 太鼓、鉦、別紙の通り §137.名古屋市港区本宮町 1964.10.30 於1スタ 嫁獅子 1.御幣の舞 14'55" 2.生写し朝顔日記(大井川の段) 11'08" 西川理之助(70) 獅子 安田秋丸(51) 増田庄五郎(81) 大夫 野田ろく(67) 笛 福谷鉄三郎(74) 岡村仁三次郎(69) 三輪金松(69) 本宮町の嫁獅子について(喜寿翁中村建城識) 獅子舞については「大日本獅子舞由来記」という巻物には、後嵯峨天皇の■■六年(昭和35年より716年前)に「初■」という事が書いてあり、とにかく古い起源をもっている事が考えられる。 17 徳川時代には、氏神祭礼の神前奉納民芸に取り入れられ、土地の人々の娯楽行事として発展し、練磨され、愛好されて今日に至ったものであるように思われる。 本宮町の嫁獅子は昔から「中之割東の嫁獅子」の名で通り、今より約百年前、中島郡系統の舞振りを習得して初代喜三郎、二代目西川利兵ヱ、三代目(現代)西川理之助と続いている。 昭和31年8月28日、その歴史と技能が認められて、名古屋市の無形文化財に指定された。 昭和33年東京浅草寺の落慶式や出雲大社の芸能祭に、愛知県の代表として出演し、最高のものと折紙をつけられた。 三代目、理之助一座の演出する芸題種目は数々あるが、中でも「阿波の鳴戸」「朝顔日記」「忠臣蔵」などは十八番のだしものである。獅子頭をかぶり、鈴と幣を軽妙に操り、獅子唄と笛太鼓に合せて舞い踊るさまは実に珍妙である。 やがて芸題の芝居となれば、獅子頭を冠った者が、女主人公になりきった象徴的な演技は、不思ぎなほど見物客の感情に訴える力をもっている。 理之助一座を構成しているものは、何れも昔は一座の中心となり、40年乃至60年の経験をもった人ばかりで、各々その優れた演技は高く評価されている。 筆者はこの無形文化財がいつまでもいつまでも保存されんことを祈るものである。 §138.名古屋市昭和区平針 1964.11.6 手島 角谷 平針の木遣は慶長年間、名古屋築城の節、御用人夫として終始奉仕した平針村民が築城資材運搬に威勢をそえるため歌ったものである。 1.土佐(道中唄) 3'20" 佐久間藤八 ヨイサヤンセー よいよいよいやね ヨイヨイヨイヤネ さあらば コリャ にぎやかに よんやねー ニギヤカエンヤー ハリワサーノーエンヤコラ こーれ サレ如才ハゴザラヌエー えー如才なくとも はやそーにえ ソーニ ソーニ したりやな よいこんえー コリャ かけよー よいよいえー よーいよーいえー ハーヨーイヨーイヨイヤネ 2.桑名(道中唄) 2'15" 村瀬新一(73) 〓えー勢州桑名にこーれ すぎたるものは ハーヨーイ/\ 金の鳥居に コーレイ ソーリャ 二手の小女郎 ソーリャ ヨーイヨーイ ヨーイヤナー ソーラ ハーアリャリャエ コリャリャエ リャエリャー トセー 3.御木曳(道中唄) 1'55" 小島邦夫(60) 〓ヨーイサ マカセダヨ ヨーイサ これ、今年ゃ エ 世がよて エー コーレ 穂に穂が咲いーてー サーコンセ サーカンセ 升はさておき ソレ ミ デ計ル サーイギョエー ヤーラエ サイギョエー サーンサ ヨイヤネー 4.お手休み 5'15" 横地梅次郎(66) 〓ヨーイ/\ まずはえー 当座のえー アリャ お手休み 19 ヨーイヤネー よつの卯の花ァ おだやかに 梢 梢とえー 吹く風はー ヨーイヤネー げにすめらぎのー御神徳 仰ぐもなかなかえー アリャー おそれあり ヨーイーヤーネー 〓時代みださず たてつゞくぞエー 造宮祖神の祝いとて ヨーイヤネー 正南なる神幣は 天之御中主導なり ヨーイヤーネー なかなか申すも限りないとや おいかけなつかのつなみごみごとに よく揃った ヨーイ/\ やりよい エンヤ/\ 5.京くどき(1) 4'26" 近藤音次郎 〓ヨーイサ 乳母の政岡 コーレ 涙をはらい サーヨーイセーハイセー これこれ千松いつも願いし雀うた もう親鳥のくる時分 そこになおりて コーレ おてなぐさみ コーレ あいあいあいと千松が 歩む姿もたよたよと うらのうらの小ちゃの木に小ちゃの木に 雀が三匹とまってとまって 一羽の雀の申すには 夕べ貰た花嫁ご 何が悲しょて ソーレ 泣きゃしゃんす サーレ ヤートコセー ヨーイヤナ アリャ ソリャ コレワイセー サーヤートコレワーセー 6.京くどき(2) 5'55" 小島邦夫 アーヨイトセ 故郷あんじて コーレ そーりゃ 宮城のが ハーヨイセ ハーリセ やーこの 妹は ソリャ まめなかと コレ まだまだ コレ 大事なととさんや 母さんは コレ おわづらいでもあるなれば よーも知らしてたもるもの コーレ 首尾よく念願いたいたなら くにへ帰りて コーレ お二人に ソーラ 楽させましょー コーレ こうしてと 色や浮気をたしなめ(ん?)で コーラ つとめを大事と ソーレ それをば思うもの サーレヤートコセー ヨイヤナ アリャリャ ソリャワコレワノセ サーアーノ コレワーノセー 7.高くどき(3) 3'35" 村瀬新一(73) よいさ こらとえー 日本の出世のかゞみ ハーノヨーイセ ハーリセー えー羽柴築前久(?)よしの 素性とえば その昔 くには尾張の中村に 21 築阿彌弥助という猟師 母は日吉の権現へ 立願かけし(?)懐胎し 程なく男子を生みおとし その名を名づけてソーレ 日吉丸 サーレヤートコセー ヨイヤナ アリャリャソリャコレワノセ サーアーノコレワーノセー 8.笠くどき(1) 3'52" 横地梅次郎 ありし昔のソーラ物語り ハーイヤー かさの名よせをくどいてみよか ヤーヤーヨイコリャ ヨーイヨーイエ こりゃ アリャリャ ハリャリャイ ヨーイ エーイトナー むこうとおるは コリャ 清十郎でないか ハーイヤイ かさがよく似た清十郎のかさに ヨーヨーヨイヨイ こりゃ ヨーヨーイ エー こりゃ アリャリャ ハリャ リャヤーイ エーイトナー 9.笠くどき(2) 1'59" 村瀬新一(73) かさが来たとて こりゃ 清十郎であろうか ハイヤハイ お伊勢詣りの 清十郎がさ ヨーイヨーイヨーイコリャ ヨーイヨーイエー アリャリャハリャリャエ ヨーイエーイトナー 10.こんたん(地搗唄) 1'45" 近藤音次郎(66) えーよい 一つのこんたんやーれ ハーヤトコセーヨイヤナ はい 一つのこんたんやるわまだ 一人大事の若君を 我子の千松お相手に 乳母の政国 御膳者 このさんやわよーいとなー ハリワサ リャリャ ヨイトコヨイトコネー 11.はやがけつか(道中唄) 1'53" やーれなー 舟は出てゆく コーレ 帆あげてはしる よーいな ヤーイヤレー 茶屋のおなごが コーレ そりゃ出てまねく あかねだすきのなげしまだ ヨイサヤーンヤ エーヤノエー 23 §142.愛知県南設楽郡鳳来町(40.2.18〜19) 本田善郎、高野 隆 瀬尾朝美 向井 哲 岡田明子 世話人、鳳来寺住職 藤本哲也氏(75-3143) 〃 僧侶 中村 氏 ◎労作歌 1.地搗唄(ヒョータン節)50" 〓ンめでたーめでたーアの 若ァ松ゥさーまァよー ヤレヤレ えーだも栄かゆるーサ ヨーホイ 葉もしげる 葉もしげる イヨーノー末はんじょうー ヨイソラヨイソラ 2.地搗唄(ションガイナ節) 1'02" 〓目出度々々々の 若松様よ エンコのサンサー 枝も栄えて 葉も繁る ションガイナー アー葉もしげる ヤレコノ 葉もしげる 枝も栄えて 葉もしげる ションガイナー エーンエ エーンエ エンコのサンサー ◎鳳来寺田楽 詳細は巻末の資料参照 収録は 第一、九度(くど)つづけて 第二、かんばやし(−−)1'46" 第三、松竹のはやし(まつたけの−−) 4'35" 第四、國づくし(くに−−) 2'26" 第五、五番の舞(ごばんのまい) 1'53" 第六、萬歳楽(まんざいらく) 40" 第七、鴬の舞(うぐいすのまい) 2'00" 第八、佛の舞(ほとけのまい) 2'22" 第九、御礼(おんれい) 35" 第十、松のらんじ(まつの−−) 1'33"迄つづいて→第十一、扇のおがみ(おおぎの−−) 3'12"迄 第十二、棒のらんじ(ぼうの−−) 2'10"迄つづいて→第十三、棒の祝い(ぼうのいわい) 2'25"迄 第十四、神天子の舞(してんじのまい) 1'35"迄 第十五、一二の舞(いちにのまい) 3'00"迄 第十六、惣田楽(そうでんがく) 6'30"迄つづいて→第十七、ろん舞(ろんまい) 8'15"迄 第十八、面申(めんもうし) 4'25" 第十九、次の面申(つぎのめんもうし) 7'08" 第二十、獅子伏せ(ししふせ) 5'55" 第二十一、打開き(うちひらき) 3'01"つづいて→第二十二、なりわい(−−)12'14" 第二十三、こいのり(−−)廃絶 第二十四、鳥追(とりおい)廃絶 第二十五、苗引ぼこ楽(なえびきぼこあそび) 1'52" 第二十六、弓納(ゆみおさめ) 2'28" 第二十七、田歌(たうた) 5'08" 25 §143.愛知県渥美郡渥美町福江収録(40.3.31〜4.1) 本田善郎、岡田明子 A.畠神社雨乞唄 福江地方、元は奥郡★オクゴーリ★畠★ハタケ★村と呼んだ。この地の産土神として畠神社がある。祭神は経津主神外十三神、現在の社殿は寛文七年(1667)の建立。 当初、五社八王子社と呼んでいたが、明治13年に畠神社と改めた。洪積屋の多い此地は畑作が多く、豊島池の水で米作もあり、早魃の年には、この神社を中心に盛んな雨乞いを行った。これには小歌による美しい踊りがあり、鳥追笠・浴衣・草りに扇子を持って踊った。近くは大正10〜13年、特に13年、100の早魃があり、盛大に行ったが、その後途絶えている。 現在唄える人は、天野直松(75)同社宮司、杉浦尚吉(71)の2人 追記;大正13年雨乞いの時、朽木友三郎、朽木貞作、上村金作、竹内九平、天野大蔵、木戸松太郎が演唱。同社と秋葉神社の境内で祈願した。 1.掛け踊(1'18") 音頭〓東西鎮まれ歌下ろそ 一同〓東西鎮まれ歌おろそ 畠の仁社へ参りての 畠の神社へ参りての(以下同様くり返し) 社の照りを見てよれば さっても見事なお社や 如何なる番匠が建てたやら、飛騨の工が建てたとの 余りの日照りに物くさり、三日三夜の雨たもれ 三日三夜に雨降れば お礼に踊を参らしょう 2.御礼踊(1'53") 音頭〓東西鎮まれ歌下ろそ 一同〓東西鎮まれ歌下ろそ(以下同様くり返し) 畠の神社は{げんぶ}社で 願の雨を下されて(=玄武?分限?) 大きに人々喜びて 田畑作物勢い出で 稲に穂が咲いてもの見事 五穀成就めでたやの これより東の大浜に 岩井の松とて三本あり 上からしら藤這い下り 下には鴎(鶴)が巣をかけて 昨夜生れた鴨(鶴)の子が 今朝早やたちて池に棲む 御礼の踊は多けれど お礼の踊はこれ迄に (cf.よいころ節) 3.銚子踊(3'03") 音頭〓貴尊十七ナアー 寅の年ヨイヨイ 一同〓参る薬師は寅薬師 ハレワイナ ハヤシ〓おん踊りは銚子ヤッコラサノエー (以下同様に) 〓杉の若葉を見るよゥな殿に、何処が御難で女郎がない 〓雨が降りそな伊勢路がくらい、伊勢路くらけりゃ雨となる 〓何処に居やるか植田の中に、稲を敷寝に畦枕 〓婆(殿)さどこ行きゃる三升樽さげて、嫁の在所へ孫抱きに 〓雨よ降れふれ恵の雨よ、降らば黄金の花が咲く 4.お竹踊(46")一節のみ収録 音頭〓お竹サンヤドッコイ 一同〓お竹さ お竹ゃ寝小屋で打つ米は 〓これも サンヤドッコイ 〓百姓のサ これも百姓のおさめ米 ノッタカヤイ 〓杉の若葉を見るゥな殿に何処が御難で女郎がない(同様返し) 〓何処にいやるか田の中に、稲を敷寝に畦枕 5.おいろ踊(3'13") 音頭〓お江戸出る時ゃ 一同〓ソレ白鷺出たに 旅のやつれや黒鴉エー やつれや旅の、旅のやつれや黒鴉エー (以下同様返し) 〓お触れ状が来た庄屋様どこだ、お触れ状ぢゃない女郎の文 〓{大阪三度}は偽金遣う 女郎よぬかるな銭でとれ(=三度飛脚) 6.しょんが踊(1'00") 音頭〓しょんが踊りが今始まるに 一同〓婆も出てみよ孫つれて ヨーシタナ 孫つれて、婆も出てみよ孫つれて ヨーシタナ (以下同様返し) 〓男孫ならつれても出るが、女子孫だで何ょした cf(飛騨やんさ、飛騨水無神社神代踊) 27 7.土手節踊(2'15") 音頭〓瓢★ヒョン★になりたや千成瓢に ヨイヨイ 一同〓昼はお腰にぶらりと下る ドッコイ 夜はお寝間にサンサ ごろドッコイごろと ヨシナイ コンダトエー (以下同様返し) 〓憂いも辛いも六月早魃★ヒデリ★、殿は夜水で夜をあかす 〓来いと言われず手ぢゃ招かれず、笹の小笹の葉で招ぐ 〓様と椹★ジン★の木ゃ枯れても匂う、しおれてもよい我が夫★ツマ★は 8.有馬踊(1'45") 音頭〓有馬女郎衆は篭抜け女郎衆ヨイヨイ 一同〓抜けてまた来てあをあをと あをあをと イヨー あをあをと ドッコイ 抜けてエーまた来てエー あをあをと (以下同様返し) 〓五月雨ほど恋い忍ばれて、今は秋田の落し水 9.清十郎踊(1'49") 音頭〓清十郎廿一エーンエーエ 一同〓お夏は七つヨエー 合わぬ毛抜きをエーンエーエ 合わしょとすればヨエー エ■で小鴉泣きあかす、エーン、エーエ エ小鴉■でエ、■でエー小鴉泣きあかすエ(以下同様返し) 〓向い通るは清十郎ぢゃないか 笠がよく似た菅笠が 〓笠が似たとて清十郎であろうか、お伊勢参りは皆清十郎 〓清十郎殺さばお夏も殺せ、同じ刀でもろともに 10.近江踊(4'16") 音頭〓これから見れば 一同〓近江が見ゆるエーエ 笠買うてエーたもれ近江笠ァー ヤレ近江笠 (太鼓)テンテン イヤ テンテンテンテンテン イヤ テヽシャン テヽシャンシャン(以下同様返) 〓大津の浦を 山家ぢゃと仰有る 山家に船が繋がりょか 〓近江の笠は何がようて着ようて、〆緒が長うて着ようござる 〓大津の浦のあんげ灯篭見たか、上んげつ下げつ辛苦やな 〓向いの山で さゝげょつむ小女郎、しュめたよ腰をもろ共に 〓今宵の月は白い夜とおぃやる、杉原紙も白うござる 〓こりゃどこ踊り、こりゃどこ踊り 松坂越えて伊勢踊り 11.伊勢踊 3'37" 音頭〓どうと踏んでは場をなさらんと、エーエー 一同〓ならさぬ場をばソリャ踏まぬものエー ならさぬ場をば ならさぬ場をばエーエー ならさぬ場をば ソリャ踏まぬものエー (以下同様返) 〓伊勢衆はいとし、どこもかしこもいとし 腰より下★シモ★は尚いとし 〓伊勢衆のくせにゃ 探りたいと仰有る 探りたきゃ探れ 背を探れ 〓こりゃ何所踊り 松坂こえて 松坂こえて 伊勢踊り B.其の他の民謠 1.下田節(船頭唄) 40" 杉浦尚吉 〓伊豆の下田を朝早や捲けば 晩にゃ志州の鳥羽浦へ ヨー アラ大山沖で海老がとんだ 朝日に輝いて真赤になった 真赤になった 2.三河万才 大蔵半造(80) 1.鼓による 数え唄、鳥づくし 9'12" 2.三味線による 朝顔日記 40"迄前説、9'05"迄内容、10'30"迄後説 29 §144.愛知県碧南市(40.4.5.) 手島高幸、伴捷二郎、寺西昭博 世話人 斉藤良二、磯貝啓治郎 碧南には現在18軒の酒造業者があり、毎年百人位の杜氏が新潟から出稼ぎにくる。その期間は11月〜4月半ばで、取材した二日後には郷里へ帰る予定になっていた。 杜氏にとって歌は半給金といわれ、歌がうまくないと給金がよくなかったそうだ。 作業の種類により、流し唄、桶洗い唄、■すり唄、二番がい、三転★ころ★がある。(詳しくはうしろに貼付した資料参照) 流し唄 1.村田一二★いちじ★(40才) 1'15" 〓ハァーエ 朝のヨー 流しは ヤーどなたにどなた 可愛いあんちゃの声がする ホラホラ 〓ハアーエ 可愛いヨー あんちゃの ヤー流しのときは 水の湯となれ 風吹くな ホラホラ 2.平野清治(37) 1'00" 〓イヤー 酒屋さんかね これ来ないでおくれ ひとら娘の チョイト 気をそらす 〓イヤー 冬の夜さかりに 酒やへ来れば あわやこうじの チョイト 花ざかり ホラホラ 3.酒井佐平次(55) 1'12" 〓ハァー 酒屋商売 大名の暮し 前にゃ六尺 チョイト [六尺…直径六尺の桶、酒造りの器具] たてちゃのむ 〓ハアー わしとあなたは 玉子のなかよ わしが白みで チョイト きみをだく ホラホラ 4.鷲頭★づ★忠平(42) 1'07" 〓ハー 朝の流しは 二番かせんどう [二番、せんどう共に役名] あらい流しは [あらい流しは間違い…しまい流しが正しい] かまやせん 〓ハー 寒い風だよ 情を知らぬ 風に情が あるものか ホラホラ 5.岡 義一★かず★(47) 1'20" 〓ハヨー 31 五万石とる 岡崎様は 城の下まで チョイト 舟がつく 〓イヤー 又もめでたい若松様よ 知行まします 五万石 ホラホラ 6.大矢利雄(38) 1'17" 〓酒屋ものには ほれてはならぬ 花の三月 チョイト 泣き別れ 〓ハー 花の三月 泣き別れでも 筍の九月にゃ チョイト 又あえる ドウシタドウシタ 7.田中一★かづ★雄(36) 1'05" 〓アー 寒い風だよ 情を知らぬ 風にゃ情が あるものか 〓アー 越後出るときゃ 涙が出たが 今じゃ越後の 風もやだ ホラホラ 桶洗い唄 8.山岸敏一★いち★(43) 1'25" 〓イヤー 桶がなるかヨー しごきの吾か 桶としごきのヨー あいでなる 〓イヤー 洗いさげかヨー きよめの桶か 洗いさげならヨー わしもでる 9.村田一二 1'20" 〓ハー 声はすれども イヨイ 姿は見えぬ ヨイ 見えぬ筈だよ 桶の中 ヨー 〓ハー 流し出たときゃ イヨイ 鬼だと思うたヨイ 抱いてねてみりゃ 猫のよだよ ヨー 10.鷲頭忠平 1'17" 〓イヤー めでためでたがヨー 三つ重なれば 33 鶴がお庭でヨー 舞い遊ぶ 〓イヤー 鶴と亀とがヨー なんというて遊ぶ やかた御繁昌となヨー 云うて遊ぶ ■すり唄 これには関東流と関西流と二種ある。新潟から杜氏として行くのに、上州方面と京、灘、知多方面とあった。これにより二種の歌が生れた。文句はどれが関東風と固定していない。何づもうたいこんでしまうのだが、節がそれぞれ異る。 11.関東風■すり唄 平野清治他 3'37" 〓とろりとろりと今する■は 酒につくりて江戸へ出す 〓江戸へ出すとは名取りの名酒 酒は剣菱★びし★男山 〓酒は剣菱男山よりも わしの好いたが色娘 〓今宵やかたはめでたいやかた 黄金切窓 銭★ぜに★すだれ 〓ハアー 今年ゃめでたい つばめの鳥が さすのやなかに巣をかけた 〓ハアーまだもめでたい若殿様は 知行がまします五万石 〓五万石とる岡崎様は 城の下まで舟がつく 〓どれもどなたもここらでちょいと ちょいとつけましょ長煙草 12.関西風■すり唄 村田一二他 4'17" 〓とろりとろりと出た恋なれど 恋をとられた川風に 〓まだもめでたい若松様 枝も栄ゆる葉も茂る 〓枝も栄えりゃお庭がくらむ くらかおろしやれ一の枝 〓一の枝だうちゃ 二の枝までも 又もおろしやれ三の枝 〓めでためでたが三つ重なれば 鶴がお庭に巣をかけた 〓鶴がお庭で巣をかけおけば 亀がお庭で舞い遊ぶ 〓鶴と亀とが何というて遊ぶ やかた御繁昌というて遊ぶ 〓雅もどなたさんもこゝらでちょいと ちょいとつけましょ長煙草 二番がい 半切の中で■すりをやり、坪にうつして二番がいで攪拌する。この時に唄われるもの 13.平野清治 4'40" 〓ヤレ とろりナー とろりと アーヨイヨイ いまつくそえなかとめは [添え、仲、止め…仕込みの順序] 酒をつくりて江戸へ出す 〓江戸へ出すとはヨイヨイ 昔の事よ 今じゃ 世が世で地ではける 〓地でもなはける酒は 名取りの御名酒 35 酒は剣菱男山 〓ヤレ 男山よりアーヨイ 剣菱よりも わしの好いたる色娘 〓娘島田にゃアーヨイヨイ 蝶々がとまる とまる筈だよ花じゃもの 〓花とァー見られてアーヨイヨイ 咲かぬもくやし さけばみがなるはづかしや 〓女郎の文さえ アーヨイヨイ あらあらかしこ 千秋楽とはおめでたい 三転★さんころ★ 14.村田一二 52" 〓そろたそろいました ノーヤ そら一ころ二ころ 四ころに足りない 三ころづきゃそろた 中の二三ぼんがイヤ よくそろた 〓竹に雀はノーヤ ソラ あっちの薮からこっちの薮まで チュンチュンばたばた 小羽をそろえて しなよく止る とめてとまらぬノーヤ 恋のみち 〓竹の切口ノーヤ しこたまこたまとなみなみたっぷり たまりし水は 澄まずにごらずノーヤ へりもせず 〓竹の一本ばし ノーヤ 細くて長くて シナシナ しのうて すべってころんであぶないけれど お前と二人でお手々をつないで 大阪下りの蛇の目のから傘 会え会うてさし会うて お口をすい合うて わたるならわたれ おちて死んでもノーヤ いとやせぬ 〓オーイ かわりますのは ヨーイ 神崎沖に 舟が二艘出たよ 三艘出たよ 舟が出たなら ヨーイ おしあげてしもて しもてすいましょ長煙草 秋のかかりにゃ 何日かと思うた 千秋楽とはヨーイ おめでたいヨー 37 §145.高山の民謠(1965.5.19) 於. 1st 千藤 洋、北原宗積、岡田明子 1.高山音頭(吉佐右踊) 〓飛騨の高山 高いと云えど チョコチョイト 山が高うなうて 名が高い 〓木曽で御岳 上州でみたけ 飛騨じゃ乗鞍 槍ヶ岳 〓心安す安す 安川の 向うに見えるはかじや橋 〓上野★うわの★平で高山見れば 浅黄のれんがそよそよと 〓浅黄のれんに何屋とかいて 二人暮すがいつじゃやら 〓飛騨の高山御城の御番★ごばん★ 勤めかねたよ加賀★かが★の衆 〓長い鳶口だてには持たぬ 五寸丸太で瀬を下る 〓川の七瀬★ながせ★のどんどの上で 浅黄のれんがそよそよと 〓踊り踊るなら品良く踊れ 品のよいのを嫁にとれ 高山踊は、吉左右踊と呼ばれたもので、領主金森素玄父子が豊臣秀吉の征韓軍に従って、肥前の唐津に在陣の際、彼の地から国許へ、吉左右のしらせ、よい便りを伝えたときに、州中の士民が祝って、城下に群参歌舞したのに始まるものだと“飛州志”は伝えている。以来300年を経た年中行事の一つで、夏は八月の納涼まつりに、秋は九月十四、十五日の高山祭の晩から盆踊りが始まるのが恒例である。 2.飛騨やんさ 〓ヨイヤサノヨイヤサノエッサッサ 飛騨の高山 高いが名所 ドッコイショ 山が高いが名も高い ヨイヤサノヨイヤサノエッサッサ 〓祭りばやし 太鼓の音に 黄金波うつ 名田田圃 〓平湯峠が海ならよかろ 可愛い殿御と舟で越す 〓今年しゃ豊年 穂に穂がさがる ますはとりおき みではかる 〓山が焼けても 山鳥りゃ立たぬ 立たぬはずだよ 子おるも 〓そろた そろた 踊り子がそろた 稲の出穂よりゃ なおそろた 〓祭りばやし 太鼓の音に 黄金波うつ 名田たんぼ 〓蝉が鳴く鳴く 千光寺山で 下保桐山★しもほきりやま★よいとなく 〓踊り踊って嫁の口なけりゃ 一生後家でもかまやせぬ(録音ここまで) 〓やんさ踊りが今始まるぞ、ばばさ出て見よ 孫だいて 〓みのりよければ稲穂の上で、みやれ雀も一踊り 〓音頭とりめが橋から落ちて橋の下でも音頭とる 〓拍子揃えて品よく踊りゃ はやし太鼓の音もはずむ 〓下保桐山★よいとは鳴けど、どこがよかろか山の中 〓鳥も通わぬ岳山なれど、住めば都に思われる 〓平湯峠の大笹原に誰れがるたやらあとがある 〓おかた出てみやれ向いの山で猿がもちつく木のまたで 39 3.飛騨むぎや 〓ジャントコイ ジャントコイ 飛騨の高山 高いが ヨイナ 名所 ヨイナ 山も高いが ヨイナ 名も高い ヨイナ ジャントコイ ジャントコイ 〓小鳥★おどり★ 白川 六厩 お寺 こけらぶきとは 知らなあ…んだ 〓鳥もかよわぬ 岳山★だけやま★なれど 住めば都に思われる 〓八重の山路 はるばるこえて 山の都の高いな山へ 〓さいた盃 なかみてあがれ なかは鶴亀、五葉の松(録音はここまで) 〓ハヤシ宮の八兵衛は酒が好きでヨ 酒を三杯と嬶はかえたけど 酔がさめたらくやしかるヨー 〓めでためでたの若松様よ 枝も栄ゆる葉も茂る 〓ハヤシ 負んだ子も、だいた子も縁ぶちはう子も お前さんの子じゃもの 大てであらまい気長にさっしゃれヨー 〓思い出してや 又来ておくれ 鳥も枯木に二度とまる 〓一位細工の観音様へ 山のむすめが願かけた 〓夫婦茶碗の渋草焼に 似合う春慶の箸そえて 4.こだいじん(笠踊り) 〓おらが サーサヨー おせどのしょろしょろ川に 昔しゃ蛇が棲む 今亀が棲む 亀も亀じゃが人取る亀よ 昨日四人取った 今日五人取りやった 合せ申せば九人家内 そやに取ってくれちゃ 人の種絶える サーサヨー 〓おらが サーサヨー 隣の八兵衛のばばさ 年は九十九で嫁入りなさる 前歯二枚におはぐろつけて 白髪三すじに黒びんつけつけて ばばさおきゃれと孫子の意見 やめてなるかよ 出雲の神が結ばしゃんした アラサ 縁じゃもの サーサヨー 〓おらが サーサヨー おせどに桃の木が三本 中の小さいのに蜂が巣をかけた 蜂も蜂じゃが脚長蜂で 顔に目がある 羽根が四枚ござる 足が六本ある おらと殿まと御拝の下で ■の話しをしておるとこお 西の方からブンとはきてや 殿の頭をちくりと刺した おらもそのとき死のかやと思った サーサヨー その昔、平家の落人たちが、世を侘びて住ったといわれる大家族村、飛騨白川郷に伝わる代表的な踊りで、一文字笠を両手でささえて踊る、ところから笠踊ともいう。古大尽は足利時代に大家族の家長がお盆やまつりのときに全家族を集めて、地酒をあおりつつ唄い、且つ踊ったところから来ているといわれる 41 〓きりょがサーサヨー 良いとて、けんたいぶりゃ おきゃれ 深山奥山 その奥山の 岩に咲いたる千重★せんよ★のつつじ なんぼきりょよく咲いたかとても 人が手ささにゃその身 そのまま果てる サーサヨー 5.高山小唄 〓八重の山路はるばる越えて 山の都の高え アリャ高山え アレ コウワイ ソンナラ アバエナ マタ アワマイカナ 〓ひと夜泊りによばれてござれ 山王まつりの屋台見に(アリャ)屋台見に 〓岳の初雪 花嫁姿 里は紅葉の色重ね(アリャ)色重ね 〓河岸★きし★の柳がもつれてとけて 恋の中橋★ろくばし★夕涼み(アリャ)夕涼み(録音ここまで) 〓飛騨の高山お山の都 一夜しつぽり寝にござれ(アリャ)寝にござれ 〓花の高山自慢の名所 春は城山・さくら山(アリャ)桜山 6.しょっしょ(2'52") 〓ハアー 飛騨の高山高いと云えど 山が高いのと名が高い イカニモショッショッ 〓ハアー 飛騨の高山高いと云えど 山が高いのと名が高い イカニモショッショッ 〓ハアー 今年しゃ こうでも 又来年は こうもあらまいのや殿さ イカニモショッショッ 〓ハアー 八重の山路はるばる越えて 山の都の高山へ イカニモショッショッ 唄 玉腰惣次郎(1・2・3・4・5) 二村★にむら★由之助★よしのすけ★(1・2・3・5) 尺八 板倉逸雪 三味 駒田タズエ 若田久子 胡弓 保 浅太郎(唄4・6) 太鼓 巣鷹 勝 小坂豊山 43 §146.高山地方の民謠(65.5.22) 於 1st. 本田善郎、千藤 洋、伴捷二郎 1.ぬれた 1'47" 〓めでためでたの アー若松様よ 枝も栄えよ 葉もしげる 2.よいとそれ 1'38"(糸ひき唄)諏訪からcf.石徹白のよいとそれヒダ(キヨミ村の奥で盆踊) 〓ハー 今年しゃ豊年 穂に穂が咲いて シーヨイトソレ 可愛い駒にゃ ヨー米くわしよ ハーヨイトソレ 〓ハー 踊らまいかな 国分寺様で ハーヨイトソレ でっかい銀杏 中にして ハーヨイトソレ 〓ハー そろたそろたよ 踊り子がそろた ハーヨイトソレ 稲の出穂より尚そろた ハーヨイトソレ 〓ハー あかし たいまつ 数増す頃は ハーヨイトソレ 可愛いあの子もよ赤くなる ハーヨイトソレ 3.桑摘み 1'30" 〓御嶽山は夏でも寒い 峯の白雪、峯の白雪 いつ溶ける 〓おれもゆきたや 小八賀町の野中 たんぼの野中 たんぼの桑つみに 〓下保桐山よいとは鳴けど 何にがよかろか なにがよかろか 山の中 4.千本搗 2'19" 〓アラヤットコセ ヨーイヤナ ハー 山の中よ 中でも ヨーホイナ 三間のヨー 家でもセー アラヨーイヨイ アーラ 住めば都じゃー 〓ハー あの子ヨイ よい子だ トヨイナ ぼた餅顔でよ ハアーラ ヨイヨイ きな粉 つけたら ソレサ アラ なおよかろがな アラヤットコセ ヨイヤナ アララノコレワイセーノ ナンデモセー 白川村の地搗唄である。唄の高低に独特の所があり、間のよい事は実によく出来て居り地搗の唄によって作業が能率良く上る事が想像される。 45 5.田植唄 1'06" 〓ヤレヤレヤレバンジャヤラ おしろ太鼓の音の良さよ、音のよさよ お城太鼓の音のよさよー 〓五月なりゃこそ お前のそばで あいにゃ みるばか 思うばか おもうばか あいにゃ みるばか おもうばかー 〓唄いなさりょ お唄いなさりょ 唄でごきりょうが下りゃせぬ 下りゃせぬ唄でごきりょが下りゃせぬ 6.しょっしょ 1'45" 〓アー しょっしょどころかー 今日この頃は、アーイカニモショッショ 人の知らない苦労する アーイカニモショッショ 〓ハー 今年しゃこうでも 又来年は、ハーイカニモショッショ こうもあらまいのや 殿さま ハーイカニモショッショ 〓ハー 信州追分、越中じゃ おはら ハーイカニモショッショ 飛騨のしょっしょにゃ かなやせぬ ハーイカニモショッショ 古大尽、輪島しょっしょは白川村の三大民謠である。平家の落武者の中に、三人の有名な作曲家があり、この三大民謠を作曲したと云われて居る。しょっしょは「しゅっせ」の言葉がなまって出来たとも云われ、落武者たちの再度都に登って出世を憧れた唄とも考えられる。 7.麦屋節(飛騨むぎや) 3'18" 〓ジャントコイジャントコイ 麦や菜種はヨイナ 二年でヨイナ、ア、刈ろに、ヨイナ 麻が刈りょか アイナ ア、半士用によ ジャントコイジャントコイ 〓飛騨の高山 高いのが よいぞ 山が高のうで 名が 高いぞー 〓小鳥 白川 六厩のお寺 こけらぶきとは、知らなだー 〓咲いた さかずき 中みてあがれ なかは 鶴亀 五葉の松 〓めでた めでたの若松様よ 枝も栄ゆる葉もしげるよー 8.ぜんぜの子 3'09" 〓めでためでたの若松様よ 枝も栄える葉も繁る ツイタトテ ナントセズ ゼンゼノコ オヤマンマノコ 〓嫁を見立ての三寺まいり 髪を結はせて、礼まいり 〓今年しゃ めでたや おもたにかのおて 鶴が御門に巣をかけた 〓音に名高い古川祭り 起し太鼓のいさみうち 〓はだか若衆の太鼓の音が 町に響くよ 夜明けまで この唄は主に祝唄として、つたわっていたが、最近盆踊に唄われる様になった。この唄のはやしには深い教訓がある。ツイタトテ…つきても、ゼンゼノコ…金、マンマノコ…ご飯、金がなくとも飯がなくともの意にて物質以上の尊い精神的な事を古川町の年寄たちは、子孫に指導して来た。飛騨路を尋ねる人々が飛騨人は誠実であると聞くが、こうした教へを持った人々が居るからであろう。 |