民謡収集旅行記録 71964.5-
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NO.7
1964.5〜

1.§122.三重県桑名市
2.§123.三重県志摩郡志摩町第一次
33.§124.三重県四日市市川北町
35.§125.岐阜県羽島市江吉良町
40.§126.三重県志摩郡志摩町第二次
51.§127.名古屋のわらべ唄
52.   都々逸の来歴
54.§128.高山の盆唄
56.§129.荘川の民謠
58.§130.木曽の民謠
59.§131.名古屋市守山区 川の盆唄
63.§132.愛知県南知多町師崎



§122.三重県桑名市(38.6.25 スタディオにて収録分)
唄い手 佐藤勤三(43)
鈴木 勲(43)
◎これは毎年七月十日・十一日に行われる、神社の石採り祭の前夜、氏子達が大声を張上げて町中を練り歩く、その唄である。起源についてなどは一切わからない。

〓目出度々々々の 若松様よ
枝も栄えて 葉も茂る
〓江戸町のおやまさんのおめこ 昼は涸★シオ★れて夜開く
〓桑名の石採祭は鉦や太鼓でゴンチキチン
叩く時ゃ よかったが あとでお手々が豆だらけ
町々の宿では笹を立てて、〆飾★シメ★張って
呑んだり食ったり跳ねたり飛んだり
山形にちょいとつけたり十二張
子供は浮かれて おっ嬶さんは家にか
蟹が腿はさんで 鋏千切って 放ったった
放ったったの放ったったの放ったった
おっ嬶さんは家にか
蟹が腿はさんで 鋏千切って放ったった
ホッタッタのホッタッタのホッタッタ
〓尻★ケツ★しょぼゞしょと 言って泣く鳥は
鳥は鳥でも助平鳥
行燈の火でちんぼを焼いて
それで今夜は 気をやらぬ
キヤラヌ キヤラヌ キヤラヌ
〓町屋川原の撫子様は 昼はしおれて夜開く
アーデンヤデンヤ



§123.三重県志摩郡志摩町収録(39.5.6〜7)
本田善郎、阿部正、牧野好晴、岡田明子
世話人 同町商工会長 大山又次(Tel 119.140 525.526)…民謠保存会長
同町教育長 西世古恒也(Tel 1.370)…民謠保存会顧問
同町元町長 笹山竹之亟…民謠保存会相談役
同町越賀 井上春平…民謠保存会副会長
同町商工会 町田昇平(Tel 599)…観光協会事務長

同町和具 観音堂にて
1.伊勢音頭(片田)2'07" 松本とめ(77)他
〓ハーヨーイナー
参宮鉄道で申そなら、   ○合ドッコイ」 着いた所は{亀山}で ○合ドッコイ」
{下の庄}で見染めた貴方をば、〃      {一身田}とは思うたけど、〃
貴方はこちらも向かずに{津★つー★}と行た、〃何ぼ私が{阿漕}でも、〃
その{高茶屋}ぶらんすな 〃         {六軒}でもない私でも 〃
色よい返事を{松坂}町 〃          嬉して嬉して{田丸}町 〃
明日はお顔を{宮川}町 〃          度会橋を横にみて  〃
着いた所は{山田}市の 〃
ヤレ 積る ナーエ 話はノーみなさん {鳥羽}の駅
アー ホンマカ ヤートコセー ヨーイヤナー
ハリワイセー コレワイセー サーヨーイトセー
(註.{ }内が参宮線駅名)明治44.7.21開通

2.唐臼すり唄(片田) 1'44" 浜野まつ(76)
〓ハー
臼よ廻れよ ○合ハーヤーレコラ」
どんどと落ちよノー ○合サノサー」
ヤレ君の ナーエー ○合ハ君ノドウシタィ」
ハ 小臼も今宵ぎりノー ○合ハ サノサー」
〓臼の軽さよ相手のよさよ、相手変るな何時迄も
〓暑きゃこっち向け、あおいであげるに
金と銀とのふり分けうちわ フワラフワラと恋の風 (以上収録)




〓殿に貰うたる肌着の襟に 梅に鴬、菜種に蝶々
羽がえ揃えてとぶとかく

3.麦打ち唄(片田) 51" 浜野こよし(72)
〓いくら叩いても この麦ゃ 折れぬ ○合アーソリャコイ ソリャコイ」
誰がしめりをかけたやら かけたやら
〓吹いてござれや まともに嵐 五尺櫓の帆の前を
ハヤシ アーシテヤレ シテヤレ お坊主に シテヤレ
お坊主がいやなら 裸にシテヤレ
エーソリャコイ ソリャコイ (以上収録)
〓麦を仕舞うたら 小麦も仕舞うて 左扇で親里へ

4.蜻蛉つり唄(布施田)41" 剣山養弥(66)
〓サロイ サロイ サロイヨー サロイ
おなご{じょうめん} じょうめん じょうめんぢゃに
喰わぬか サロイヨー (以上四回repeat)
(じょうめん=とんぼ)
(註、雌とんぼを糸にしばり竹に結びそれをおとりにして雄とんぼを寄せた。その時の唄)

5.杭打ち唄(布施田) 1'41" 浜口たか(76)
〓アー、人の嫌がる石屋に土方 ヨーイトコラ
何故か私が虫が好く 虫が好く アーヨーイヨイ
〓お前百迄 わしゃ九十九迄 共に白髪の生える迄
〓堤叩いて手に豆七つ 夜さり 殿御と寝て語る
(註、防汐堤築成のための仕事唄 夜さり=夜)
演唱者18才の折、唄ったもの

6.盆踊唄(布施田) 5'05" 田畑初太郎(63)
男〓踊りたいぞや 十五夜の 女〓ハイ 男〓月が
男〓アーソリャ 月が山端へかゝる迄
女〓アレアレ 男〓ソリャ 女〓かゝる迄
男〓ソリャ かゝる迄
男〓アーソリャ 月が山端へかゝる迄


女〓アレアレ 男〓ソリャ 女〓かゝる迄
男〓ソリャ かゝる迄
〓今年ゃ世がようて 穂に穂が咲いて
枡はとりおけ 箕で計る
〓つゝじ椿で山山照らす 沖の鰹で浜白ろむ (以上収録)
〓盆が来たのに踊らぬものは 何故★なしょ★に来たぞよ この茶屋へ
〓寄せた寄せたよ なかやま沖に 出ればせんつる朝の間に

7.海女唄(越賀) 1'57" 谷口くす(79)
〓ハーエ
寒ぶてなろうか 冷めとうてなろうかヨー
師走 御寒の海女商売ヨー
〓こゝは越賀の■山の沖で 色の帆を巻く恋の風
〓五貫とる身も百匁のわしも 頭しめすは同じこと
〓和具と越賀の境の磯で、みんな仲よく鮑とる
〓和具の島見や、鮑が湧いて、出れば千貫とる朝の間に
(註、これは水に入る前、海女や代表者が唄う縁起唄)

8.さをぎ唄(越賀) 2'14" 同上
〓飲めやさをげや 今宵はエー ○合ヤッサヨイヨイ」 (さをぎ=さわぎ)
此所で 明日は出船の梶枕
(ハヤシ)アリャ 九鬼の早田★はいだ★のウンテラガンを買わんすな(ウンテラガン=悪い女)
{大島}の鮹にゃ吸いつくな サッサヨイヨイ(汐岬の大島)
〓泣いてくれるな出船の時にゃ 沖で櫓梶に手がつかぬ
(ハヤシ)アリャ三十六枚 ■ふく舟ぢゃよ
もそっと 乗りゃんせ お粥がこぼれる
お粥ばかりかおつけもこぼれる(おつけ=味噌汁)
サッサヨイヨイ
〓此所は贄島 笹野の沖で色の帆をまく恋の風
(ハヤシ)アリャ やったが とゞいたか くどいた段か
来た段か、煮て喰って焼いて喰って
舌やいた舌やいた サッサヨイヨイ




〓尾鷲長浜長六屋の河岸で泣いて別かれた夜もござる
(ハヤシ)アリャたんじゃな たんぢゃな 惚れられたんぢゃな
おっと間違うた嫌われたんぢゃなサッサヨイヨイ
(註、節廻しは鹿児島小原良節によく似ている)

9.潜りさんの唄(越賀) 2'10" 同上
〓ヤレ 越賀い山に 鮑が湧いてヨー
○合アリャ ヤットケ ヤットケ」
出れば千貫とる(姐★ネー★さん)朝の間にヨー
(ハヤシ)アリャ ヤットケ チョンチョン
椿が濡れとる
〓もぐりさんよ お上り時ゃ すぎた お湯もなくなる鐘もなる
〓越賀に山に鮑がわいて たらい鮑をとりますよ
〓もぐりさんたちお国はどこよ、江戸や長崎五島の国
〓三十余尋のホースを投げて 可愛いゝもぐりさんが汐のぼり
(ハヤシ)アリャ お前ぢゃなければ濃い茶が出やない
早くかんして チャチャと持てこい サッサヨイヨイ (以上収録)
〓越賀浦々母貝がわいて、出れば千貫とる朝の間に

10.弓祭りの唄(越賀) 3'13" 同上
〓ヨイサ ヨイサ ヨイサマカセー サーヨイサー
今年ゃ世の中 ○合ヨイサ マカセ、ヨイサマカセ」
穂に穂が咲いて ○合ヨイサヨイサ、ヨイサマカセ」
枡はとりおけ ○合ヨー」
箕では ○合ソレ
かる ションガノ ○合 オイカケ オイカケ
桝はとりおけ ○合ヨー
箕では ○合ソレ
かるションガソー
〓越賀浦々へ鰯がいれて 出ればつみこむ朝の間に
あさっては組合で金分ける (以上収録)



〓越賀 オービラシ 天草が生えて、出れば干ばいとる朝の間に
あさって地下で金分ける
ハヤシ 三国一のお祝いすました シャンシャン
(註、越賀神社祭礼の弓の引取式に唄うもので三幅一対といって、他のお祝いの席でも唄われる、尚正式には{弓祭かけ詞}の次に唄われ最后に{弓祭り道中唄}を唄って引上げる)

11.さんま漁の米搗唄(越賀) 1'22" 同上
〓エーイ 米がつきたや 二斗五升入れて
○女二斗五升入れて
アー嫁としうとめと小姑と ○女嫁としうとめと小姑と
〓つけどはたけどこの米ゃ折れぬ、どこのお倉の下積みか
〓唄うて通るのに何故出て逢わぬ、いつも聞く声忘れたか (以上収録)
〓臼に米入れ糠出る時は、娘仕たてて出す心
(註、秋刀魚漁の頃、激しい労働にたえるため、常と違って米食をする、その時は夜中二時から五時頃迄陸上にいるだけで、その間に米をつき、食事をとる)

12.冨士詣りの歌(越賀) 1'40" 小島徳次郎(84)
○一.浅間の神は踊れとおりゃる 踊りて振りをばみせましょに
二.今日は吉日 日もよい程に 氏神参りて門出しょ
三.神に祈りの神明浦 鵜方を越えて磯部様
四.磯部さまをば伏し拝み 共に逢坂あとにみて
五.こゝは松坂一休み 一の瀬川にて身を清め
六.外宮内宮の宮巡り 朝熊山をばふし拝み
七.足も軽かれお山もよかれ、泊り泊りの宿よかれ
八.お伊勢両宮に願かけて すぐに吉田の船にのる
九.そよとふいたは真西かまぜか 吉田港へそよそよと
十.吉田吉田と急いで来たが、急ぐ吉田に名所ない
十一.吉田通れば二階から招く、しかも鹿子のふりそでで
十二.吉田からして乗掛馬で、冨士のお山へすぐかゝる




7.
十三.吉田二川白須賀越えて 新居今切舟にのる
十四.こゝは舞坂はすの池 今は蓮華の花ざかり
十五.こゝは浜松五社の宮 天竜見付の宿にそう
十六.縞の財布の袋井や、乗掛川をば後にみて
十七.腰も掛川何やが茶屋で、秋葉様をばふし拝み
十八.こゝは日坂わらび餅、小夜の中山阿部ヶ餅
十九.金谷峠に上りてみれば、大井川には水もなや
廿.島田藤枝打ちすぎて、今は岡部の宿にそう
廿一.瀬戸の染色 色のよさ、宇津の山部のとうだんご
廿二.足も軽いと蹴上げて通る、丸子の宿をば朝の間に
廿三.足も軽かれ丸子の宿で、こゝぞ阿部川水もない
廿四.こゝは石原小石原、心してさせ長刀
廿五.長い刀にさしょがござる、こなたになるまい空★カラ★がよい
廿六.駿河府中の今浅間、参り下向のにぎやかさ
廿七.身をも吸出す膏薬買やれ、三保の松原清源寺
廿八.江尻呉津の白浪や 海の面ての賑やかさ
廿九.薩■峠に上ってみれば、田子の浦波岸に打つ
丗.薩■峠の岸打つ波は、心ありそうの浦浪や
丗一.由比蒲原や冨士川に、御山あらわれ有難や
丗二.こゝは冨士川身をきよめ、天気よかれと伏拝み
丗三.こゝは吉原皆さん無事で、すぐに裾野にさしかゝる
丗四.こゝは江尻の何屋で泊る、お家繁昌の踊する
丗五.千代もめでたい若松様よ、枝も栄える葉もしげる
丗六.よかったよかったよ宿のかゝよかった、みめよい心が尚よかった
丗七.冨士の裾野の一もとすゝき、いつか穂に出て乱れ合う
丗八.冨士の裾野で昼寝をしたや、お山よいとの夢をみた
丗九.裾野打ちすぎ十里木こえて、もはや須山の宿に入る
四十.これぞ須山の坪のこうり、御山よかれと伏し拝み
四十一.御祈祷相すみ門出を祝うて、暇乞いして身ごしらえ
四十二.御門からして馬にのる、御山役所へすぐかけに


四十三.御山役所で御判を押して、母の胎内打ちすぎて
四十四.冨士の御山は高いで寒い、袷ことずきょ便りない
四十五.冨士の御山でなく鳥は、ほそや駒鳥時鳥
四十六.木山三里に萓原三里(あとは念仏後生ねがう、六根清浄で上りましょ)
四十七.冨士の御山でちらちらするは 越後道者衆か白鷺か
四十八.越後道者衆にゃ師がござる、白い浴衣にけさかけて
四十九.上り上りて御天上をみれば、空の近さや有難や
五十.こゝは八合の御室なり、皆様これにて一休み
五十一.こゝは九合のわらじかえ、なむあみだ仏で上りましょ
○五十二.上り上りて御内入様へ、籾のさい銭納めおく
五十三.珠珠と袈裟をば六日様へかけて拝むる ありがたや
○五十四.白い浴衣に白笠かけて、お鉢廻りの有難や
五十五.賽の河原の金剛水うけて、いたゞく有難や
五十六.お鉢廻りて御来光拝み、下山心のありがたや
五十七.冨士は浅間大菩薩、表大日裏薬師
五十八.冨士は男の恋の山、早く下向して又参る
五十九.裏薬師山で御印をうけて、下山心のありがたや
六十.御山つとめて砂ふるて、下りた心のありがたや
○六十一.下り下りのぶんぶの川で、お礼垢離のとり納め
六十二.冨士は浅間秋葉は火伏せ、信濃善光寺弥陀如来
六十三.冨士の山から文がきた、お山下山の文がきた
六十四.風がふくかやならいの風が、伊勢の港へそよそよと
六十五.熊野詣りと冨士道者と、伊勢の内宮めぐり合う
六十六.お伊勢両宮へお礼をあげて、今日は帰国のありがたや
六十七.早く下向して氏神参り、家にゃ鶴亀待ちうける
六十八.お冨士土産に何々もろた、お玉杓子にお絵そえて(以上)
(註、○印のみ収録、越賀住の小川久五郎氏(77)所蔵の「冨士山下向迄歌」(嘉永二年、同家祖、小川長五郎記)による冨士登山講の道中歌)



◎他にも「志摩国冨士詣り歌」というのがある(収録せず)
一.抜けて参ろや 先達様よ、あとの行李をよくたのむ
二.そよと吹かんせ南の風が、吉田港へそよそよと
三.船はついたわ、所は何所や、所吉田の橋の下
四.吉田通れば二階から招く、しかも鹿子の振袖で
五.吉田手塚二川越えて、新居の番所を歌で越す
六.遠州浜松五社の宮、五社はなくとも五社の宮
七.金谷峠へ登りてみれば、大井川には水がない
八.興津白浪田子の浦、三保の松原、清源寺
九.冨士川越えて大宮泊り、むらか小むらか大きょぼか
十.冨士の裾野で昼寝をすれば、重ね山した夢をみた
十一.木山三里に萱山三里 いたどり山をば歌でこす
十二.上り上りて空みれば、空のししょうや有難や
十三.お鉢廻りて御来迎拝み、おりた心をいつ忘りょ
十四.裏の薬師で御判を据えて、うちの納戸へ納めおく
十五.お冨士男の恋の山 早く下向して又参ろ
十六.山よよかれお山もよかれ、泊り泊りの宿よかれ
十七.そよと吹かしゃれ東の風よ、伊勢の港へそよそよと
十八.船はついたが所はどこよ、こゝは伊勢の神社★かみやしろ★
十九.伊勢の道者と志摩国道者、伊勢の両宮へ踊りこむ
廿.お冨士参りが下向じゃら、ホラや太鼓の音がする
廿一.お冨士参りが下向した時にゃ、妻が喜ぶ親よりも
◎また毎年旧五月廿八日、越賀浅間神社の信者が七日前より観音堂にこもり、浅間前の海水で垢離をし、白衣で手踊りをして行列をなし、浅間神社へ参詣するとき唄う「浅間踊り唄」がある。昔から男子成人すれば、こゝで七日間の行をなし、冨士詣り唄を学び鍛錬した。
「浅間踊り唄」収録せず
一.(越賀冨士まいり唄の七.)
二.(志摩国 〃 の二.)


三.(越の十一.) 四.吉田通りて白須賀こえて大井川には水がない
五.金谷峠にあがりてみれば、お冨士お山に雪もない
六.冨士の裾野の一むらすゝき、いつか穂に出る表われる
七.(越の丗八)
八.冨士のお山でちらちらと、お山道者衆か白さぎか
九.(越の五十六)
十.お山土産に杓子をもらい これもお山の御利生か
十一.今度くるなら持って来ておくれ、伊豆のお山のなぎの葉を
十二.伊豆のお山に椰の葉なくば、お伊勢お山の銀杏の葉を
十三.冨士のお山も山上の山も 山の高さは同じこと
十四.西はくもりて雨となる、東は日照で山よかれ
十五.たのみますぞえ先達様に、わしの殿御は新客よ
十六.浅間様は踊れとおしゃる、踊り手振をお目にかきよ
十七.遠州浜松広いようで狭い、何故に女郎屋がないぢゃやら
十八.音にきこえた日坂峠、さまが餅をばあめでたべ
十九.表大日さんお裏は薬師、佛ゃ信濃の善光寺
廿.冨士へ参りて杓子を貰うて、それで飯盛るありがたや

13.土づき唄(和具) 1'36" 同上
〓エー 嬉しめでたの若松様よ ○女コリャ 若松様よ」
アー 枝も栄えて ○女コリャ」
葉もしげる おもしろや
○女オモシロイ {ヒョータンヤ}(cf.No.1 P.12よその餅唄(35"))アー、ヤッソン ヤッソン」
〓縁の切目にひょうたん買うて貰うた
思い出すぞや ひょかひょかと
〓私ゃお前にこける程 ほれた (こける=倒れる)
今朝も二度みて二度こけた (以上収録)
〓おばゞ何所行きゃる 三升樽さげて
嫁の在所へ孫抱きに
〓おばゞ小便すりゃ雀がのぞく
一羽、二羽、三羽、四羽くさい


11.
〓こゝのお家の土づきなれば
金も出る出る 日も揃う
〓これはお寝間の大黒柱
黄金花さく、銭がなる
〓梅もいやいや 桜もいやよ
桃と桃との間がよい (以上三首は越賀)

14.伊勢音頭(和具) 3'35"
〓アーヨーイサー
静御前のヨ ○合ア ヨイヨイ」
ハー 初音の鼓 ○合ア ヨーイセー ソーラセー」
ヤレ 打てば ナーエ 舞い来る ヨーソリャ 忠信が
○合アリャ ホンマカ ヤートコセー ヨーイヤナー
アイ ハリワイセー コレハイセー サーサヨーイトセー
〓伊勢は土持つ 津は石を持つ 尾張名古屋の城へ持つ
〓お伊勢参りに宇治橋通る 下では釜受け並んでる ○合ア ソコダイ」
縞さん 紺さん 仲のりさん ○合ア ソコダイ」
白めしぼりの頬かぶりさん ○合ア ソコダイ」
紺のもゝ引 すね抜けさん ○合ア ソコダイ」
浅黄襦袢の肩抜けさん ○合ア ソコダイ」
一文のことぢゃに放ってかんせ やってかんせ
アーヨーイナーエー 旅の方

15.さわぎ唄(和具) 2'43"
〓諸君きゝたまえ 忠臣蔵では日本の由良之助 ○合アーヨイショヨイショ」
ギレサリヤヤアシナワ 九太夫や ○合ヨイショ」
土佐は定九郎兵ヱ 四国は義臣★心★でかためた平右ヱ門
○合アーヨイショ ヨイショ」
〓これにはかしら 四本柱の土俵の上で トサッサイ
西には常陸山、東は梅ヶ谷 中をとりもつ ヨイショヨイショ
中をとりもつ 佐藤弥#V助 (モ一つ モ一つ)
〓床の間にかけし三味線 あれごらん



12
わしと二人の忍び駒 末は本望本調子
切れてくれるな三の糸
〓丸橋の濠の深さは 幾尺あろうと
測るところへ 伊豆守 南無三 仕舞たと笠かぶる
酔うた振りして忠弥が千鳥足

16.盆踊唄(和具) 4'12" 小島徳次郎
〓つゝじ椿で山々照らすエー
○女 サー 鰹で沖の ソリャ 浜白ろむ
○男 ヤレ 浜白ろむ アーエーエー鰹で沖のエー
○女サー 鰹で沖の ソリャ 浜白ろむ
〓思いも恋も笹舟へのせて
迎えに来たか 情なの様よ
〓和具のうしろの間崎の前で
引くぞえ手繰り 嬶のせて (以上収録)
〓大島うちらへ しるしが見えた
あるまい他所で 和具であろ
〓若衆の手拭を何たる紺屋が染めたや
端々★はしゞし★は紅鹿の子 中はとくさ色
〓沖のくらいのに白帆が見える
あれは紀ノ国 蜜柑舟
〓蜜柑舟なら いそいで おじゃれ
冬の山ぜは 西となる
〓宮の熱田のならずの梅は
花は千咲く 実は一つ
〓宮の熱田の廿五丁橋は
誰がかけたか 中高に
〓瀬田の唐橋 唐金ぎぼし
水に映りし譜所が城
〓寺のどんどろ坊主 いざり子をもうけた
いざれ いざらば 寺の茶をひかそ



13
〓踊り済★しゅ★んで来たに 心天出しやれ
皿へしょいかけて ちょっと出しゃれ
〓踊るもはねるも 今日明日限り
さゝすまい明日迄 晩にゃ仕舞うてやろ
〓西はいの山 東は背山
へだてる中は吉野川
〓吉田通れば 二階から招く
しかも鹿の子のふり袖を
〓そよと吹いて来たは ま西か南風か
吉田の浦へそよそよと
〓しょんが婆さまは ぼた餅好きで
宵にゃ九つ けさ七つ
〓盆にゃぼた餅 正月にゃ ま餅
あいの節句にゃ よごめ餅
〓鵜方の浦を山がとおしゃる
船が山がにつくものか
〓娘十七八 抱き頃、寝ごろ
袖も引きごろ、だまし頃
〓剣光寺の竹の子をしょっぼりょと抜けば
しょっぼりょと抜けばあとは汁★しゅる★がたる
〓向えの山で何やら光る
朝草刈の刃が光る
〓しおれ草を刈ろよとすれば
新らし鎌の刃が折れた
〓折れたが大事か こぼれたが大事か
近くに鍛冶屋がないものか
〓お前も巡礼 私も巡礼
はりまのしょしゃでめぐり逢お

17.盆踊唄くどき(和具) 3'53" 同上
○女アーヤートセー ヨーイヤナー ハリワイセー


14
○男〓アー伊勢で名高い ○女コラ」
○男〓油屋そうどう ○女ア ヤートコセー」
○男〓お紺生れを ○女エー」
○男〓たずねて きけば ○女アーヤートセ ヨーイヤナー ハリワイセー
〓鳥羽や安乗と言わんすけれど 鳥羽はいつわり 安乗は嘘よ
紀州熊野の木本奥の 流れ谷かよ寺町生れ
父のその名は文蔵というて、親の代から百姓が商売
二年すいそん三年不作 不作つゞいて五年の不作
上の御年貢につまりし故に 姉を売ろかよ 妹をうろか
姉をうりては先祖に済まぬ 妹うりては百姓が出来ぬ (以上収録)
中のお紺をうらねばならぬ お紺こゝへ来い言いつけござる
上の年貢に困りし故に いやな勤めも致さにゃならぬ
伊勢の古市へ奉公に行くか 幼な心でハイ行きますと
数多朋輩あるその中で わしは古市へ奉公に行くが
御縁あったらまた逢いましょう 御縁なければもうこれ限り
弁当炊こうにもお米はないし、粟の握飯菜の葉に包んで
父に連れられ伊勢路をさして 馬子はおらねど馬瀬の坂を
伊勢路通りてお市町を まで広がる扇屋店を
こぼしゃ流るる 油屋店を 落しゃうちゃれる備前やうちを
中の油屋へお紺はうられ 金子五十両で商いいたし
金子五十両 早や受けとりて 安部の保名の子別よりも
文蔵お紺の別れはあわれ 誰か代りてお紺の役目
夜は四つ迄ねる事出来ず 朝は早よからおきねばならぬ
客が見えたらもてなし致せ ハイと返事は致するけれど
幼な心でお紺は眠る ねむる所を仲居がみつけ
長いキセルでくらされまして 辛い辛いが身にこうじまして
裏の地蔵さんへ宿願かける 若き生木の枝折れませぬ
あつい御飯におつけはかけぬ そうこういうまにおやまとなりて
初のお客が六十余り 肩をもめやら腰さすれやら
弥宜の息子の貢の助に なじみ恋路のつもりし故に



15
二人仲をば悪縁となる

18.田の草取唄(越賀) 1'06" 谷口くす
〓夏の田の草ざんさいとかゝれ 秋は穂に出て表われる表われる
〓可愛い殿御は五反田に一人、さぞや辛かろ淋しかろ
〓表来たのにこの戸があかぬ 中にくろろや錠や鍵や (以上収録)
〓あつやあたゝや日の六月の 一人田の草ものおもえ
〓朝のかゝりにゃ死のように思うた えがいまいかありがたや
〓腰のいたさにこの田の長さ 四月五月の日のながさ
〓夏の田の草とりゃ サンザとかゝれ どうせこの米喰うぢゃなし

19.茶摘唄(越賀) 57" 同上
〓ハー 茶つめ茶つめと旦那さんは言えど
つめどたまらぬ 小葉の茶で
〓山中やまなか三軒家でも
住めば都ぢゃ 我が里ぢゃ
〓茶ぶりさんとは よい職 習うて
親の前でも腰つかう
(註、この人は、茶つみ、茶ぶり(もみ)とも同じ唄でやったという)

20.じ山のホッポ(和具) 19" 小村かん
〓じ山のホッポがないて来た (じ山=海上からながめた山)
チヾもバヾも早よおきよ(ポッポ=ふくろう)
おらげのとゝらは網くりに(網くり=えび網くり)
いたわいなー いたわいなー
(註、わらべ唄、その中に年よりは少しでもねかせておいて…といういたわりが唄われている)

21.ギリギッチョ(和具) 1'23" 同上
〓ギリギッチョ ギリギッチョ
まる山 どってん返り 東をみればね みればね
門の扉におさよさんとかいたか みればね
おさよ 差いたる黄揚の櫛をね みればね
誰にもろたか 源次郎さんに貰ろたわね みればね



源次郎男は派手者で困るね みればね
派手者みこんで身持ちになったかね みればね
身もちゃ幾月七月八月ね みればね
そこでおさよは泪をポロポロ みればね
落ちる泪を袂でふいてね みればね
ふいた泪をたらいでザブザブ みればね
洗ろて袂を竿ィにかけて みればね
かけた袂をネズミがギシギシ みればね
要助々々 大阪の太鼓でドーン
(註、お手つき唄、大正5、6年頃迄)

22.蛍狩り唄(越賀) 16"
〓蛍来い 田甫通って
田甫の水もイヤイヤ
川の水もイヤイヤ
しゃっくり川の水飲まそにとんでこい

23.伊勢音頭つきえーころ節(片田) 2'40"
〓アーヨーイナー
親に孝行な ○合ア ヨイヨイ」
アー あの三吉は ○合ア ヨーイセー ソーラセー」
朝も早よから馬追いかけるでないかな ○合ア ドッコイ」
馬の手綱を肩にかけ ○合ドッコイ」
ハイシドウドウ イシドウドウ ○合ドッコイ」
お馬が通るに先のけ 先のけ (こゝ迄 53") (以上伊勢音頭)
〓三吉のったか竹馬へ 坂はェ ○合ア ドッコイ」
照る照る鈴鹿はくもる ○合サノ エーイエイ」
あいの土山 エー ○合ドッコイ」
雨な降る
〓佐渡のーエ ○合ア ドッコイ」
エー金山 金がふる ○合アーサノエイエイ」
エーその金集めてェー ○合ドッコイ」



17
えーころ節 cf NO.1 P13.(12')P15.(3'32")

駒につけ 思う子のヤーエ ○合ドッコイ」
踊りこむ めでた

24.えーころ節・先代萩(片田)1'40"
〓これのお家のエー ○合ドッコイ」
若嬶は  目元の ○合アドッコイ」
桜色 ○合サノエーエイ」
心の持ち方 奥州先代萩の奥殿場の
政岡殿のような歩く姿は ○合ドッコイ」
姫百合の花

25.えーころ節・鳥刺し(片田) 2'49"
〓ハーヨーイヤナー このいわい ○合サノエーイエイ」
わしの兄さん鳥刺しの名人で朝は早よから鳥刺しがまえ
紺の股引 大津の脚絆 腰には鳥篭 手に竿もちて
いつも北野の松原で 松の小枝に小鳥が一羽
あいさつさいてくりょ 刺いてやろと かまえたら
向うの小枝にプイととび あなたは鳥刺 わしゃ百舌の鳥
御縁あったら逢うてさゝしょ

◎同じく、役者づくし(未収録)
〓まず今晩の御祝に 亭主受けたる盃を
花に例えて申そうか 花より役者に例えようなら
一で市川団十郎 二では片岡仁左ヱ門
三つうけたる盃を 二三十郎とつみ重ね
床には松本幸四郎 家のお祝半四郎や
飾の上には海老十郎 鯉三つ鮒三つ すゝき三つ
鯛の汐焼き さゞえの酢あえ 五こんの魚を取り寄せて
これを肴に御酒上れ

◎えーこの節・西行(未収録)
〓西行法師という坊さんは、初めて東へ下る時
日に行きくれて宿はなし 宮の熱田を宿として
こんな涼しいおん宮を 誰が熱田とつけたやら



〓其所へ神主とんで来て、これやい西行の物知らず
西★サイ★という字は西とかく、行★ギョ★という字は行くと読む
コングリ堂やコングリ堂や コングリにくいコングリ堂も
こぐって見たなコングリ堂 このようなこんぐりにくいコングリ堂は
今なコングリ コングリ

26.大晦日の詞(越賀)13"×2
「アーラタノシヤ アラタノシ
トーミサヤ キサヤ 大俵小俵 持込んで参れ
アーラタノシヤ アーラタノシ
お家御繁盛 フッシヤリと祝わっしゃれ」
(註、大晦日の夜、部落の東西から二人づつの役人が小さい俵をもって部落のまん中で出逢い、各戸毎にとなえて廻る。上記は一般の家庭、漁家では上記の最后の一節を「エーの大鯛大鱒商売ごはんじょ」とかえる(収録あり))

27.節分の詞(布施田)18"
「当年は豊年で、豊年は万作で、五穀成就村繁昌、{あらめも生えて根も生えて}オレゲのカーベにみなとらせ アー臭さ、アー臭さ、アー臭い」
(註、節文の豆まきのあと、上の詞をとなえてから戸をぴっしゃり〆る。門の〆飾りには左の如く生ぐさをそえて鬼を封ずる{ }はその家の生計の方法をとなえる)



19.
28.茶摘唄(布施田) 1'06"
〓アー茶摘みしてなと お養いなされ ○合アーヤント ヤント
嫌な乞食は止めなされ ○合アーヤント ヤント
〓岳★タゲ★のかい坂四十八曲り
まさか違でたら五十曲り
〓これのうしろ井戸掘りかけて
水も出る出る 金も出る (収録以上)
〓お茶をつむなら 元から末へ
中のはり茶は残さずに

29.茶ぶり唄(布施田)41"
〓茶ぶりさんとはよい職習うて
親の前でも腰使う
〓わしとお前はお倉の米よ
いつか世に出て まゝとなる (収録以上)
〓私とお前は ほうろくの豆よ
飛ぼか走ろか 腹切ろか
〓お茶はなくなる茶ぶりさんと濃うなる
何と別れを致そやら

◎他に茶唄(未収録)
〓朝は早よから茶の木にもたれ こぼす泪はお茶のつゆ
〓茶山茶所茶は縁どころ 娘やりたやお茶つみに
〓赤茶もんでも二銭は残る 残る二銭は煙草銭
〓お茶はもめもめもまねばよれぬ よりて仕上げて江戸送り
〓結城縞なら着やしゃれ殿よ 心結城は止めなさい
〓お茶は気ツボにお金は江戸に こぼす泪は宮川に

30.子守唄(和具) 47" 堀口しげの
〓ねんねしなされ おやすみなされ
朝は気嫌とおきなされ ヨイヨー



〓この子よい子や ボタ餅顔や
黄粉つけたら尚良かろ ヨイヨー
〓こいな泣く子は よう寄りせんど
暇をおくれよ 旦那さん ヨイヨー
〓暇をやるけど何というて帰る
辛棒ようせんと言うて帰る ヨイヨー (収録以上)
〓俺が山へ行きゃ茨が止める 茨はづせば日くれるよ
〓此の子よい子ぢゃ御飯の種ぢゃ この子悪すと飯あがりょ
〓寝てけ、寝てけと尻叩かれて 寝ても行かりょか叩かれてよ
〓守よ子守よ何故子を泣かす 守が泣かそか 子がなくよ
〓守をおく時ゃニコニコ顔で、給を出す時ゃエンマ顔
〓守もしたした四五年程も こんな泣く子 おかなんだ
〓あの子よい子ぢゃ俺みて笑ろた 今度笑ろたら嫁にとろ
〓ねんねねんねとねる子は可愛い 起きて泣く子は面憎い
〓よいよよいよと与市兵ヱ親爺 金もとられた殺された
〓この子泣くので三度の飯が 喉につまって湯で流す
〓守を悪るすりゃ我子に当る 守も世間の人の子ぢゃ

31.臼櫂り唄(和具) 1'14"
〓わしの殿御の肌着の袖はヨー ◎合ア サノサー」
梅に鴬 菜の葉に蝶々
羽がいナー ○合お手はない」
揃えてとぶ所ヨー ○合ア サノサー」
〓仕事なされよ キリキリシャント 掛けた襷の切れる迄
〓臼は廻えども入れ手が鈍で、あいにゃ廻うぞえから臼が ○合アラ よう廻う ショ」 (以上収録)
〓臼よ廻え廻えどんどと廻れ 間にやまうぞえから臼が
〓俺もなりたや煙草の種に まかれてまかれて
生えて生えてよ 元をかゝれてよ
末止められて 色のつく程ねてみたい (以上和具)
〓臼の軽さよ相手のよさや 相手の変るないつ迄も



21.
〓臼はよい臼白子の山の 松の木の臼昔のよさや
〓うとうておくれよ誰方によらぬ 唄できりょうは下りゃせぬ
〓酒はのみたし酒屋は寝とる 起しゃおきるけど銭がない
〓紺の前かけ松葉のちらし 松に紺とは誰がそめた (以上越賀)
〓坪の内なる丸水仙の、花の蕾を折る如くよう
あひきまいて しゃくれな
〓臼のかるさよ相手のよさや 相手変るないつ迄も (以上布施田)

◎未収録の臼ひき唄
〓ひかなくわよかまわさな 落ちょか 如何な大名の小娘も
〓粉をひくときゃ居ねむりこいて 団子くう時猿まなこ
〓小麦三合ひきゃ廿一できる。一つしおくい廿のこる (以上越賀)

32.弓祭かけことば(越賀) 19"
「しばらく しばらく 年々の御吉凶をかけます
岡は万作 浜は大漁 真珠大景気
当っても 当らんでも 御神事
フッしりと当てやっしゃれ」
(註 ととなえて弓を中天に射る)

33.弓祭道中歌(越賀) 19"
〓こゝのお家は御繁盛しょうから
鶴が御門へ巣をかける
(註、 cf.P6.10.と上記)

◎弓祭三幅一対
〓越賀磯場に天草が生えて、出れば積込む 朝の間に又明日もとる
〓越賀浦々鮑が入れて、出れば千杯とる  朝の間の又明日もとる
〓越賀ツクギョにボラついて出れば千万とる 朝の間の又明日もとる
あさってお地下で金分ける

34.引網唄(和具) 1'03"
〓アー ヤンサエーヤ
安芸の宮島エーヤ ○合ヤンサエーヤ」
まわれば七里 ○合ヤンサエーヤ」


22
浦は七浦 ○合ヤンサエーヤ」
七えびす ○合ヤンサエーヤ」
〓関の小万はエーヤ ○合ヤンサエーヤ」
亀山通いぢゃ ○合ヤンサエーヤ」
月に雪駄が ○合ヤンサエーヤ」
廿五足 ○合ヤンサエーヤ」
(註、カツオ釣の餌としてとるイワシ網をひく小舟の上で七・八人が唄う、大正初年迄)

35.遊戯唄(和具) 1'58" 堀口しげの他
〓一つとや 人も通らぬ山道を
おさえさんと源兵ヱさんが通らんす コノジョーカイナ
二つとや 二見の浦では網をひく、おさえさんと源兵ヱさんは袖をひく
三 みたい会いたい顔みたい おさえさんの顔なら尚みたい
四 用もない街道を二度三度おさえさんに逢おとて又一度
五. 一文の銭でもためといて おさえさんにコッポリ下駄買てはかしょ
六 無理に〆たる腹帯を ゆるめておくれや源兵ヱさん
七 長い長刀ふり上げて おさえさんを切るとはそりゃ無理や
八 山に咲いたる八重桜 一枚おくれや源兵ヱさん
九 こゝらの子供はしゃらくさい 何でもないこと唄にする
十 トントン叩くは誰の音 おさえさんの音ならあけてやろ

36.おじゃみ唄(和具) 45" 同
〓鴬々という鳥は 今年始めて伊勢参宮
日に行きくれて宿はなし 一夜の宿をかりかねて
浜の小松の二の枝へ 柴かきよせて巣をくんで
十二の卵をうみ揃え 十二を一度に目をあかせ
親もろ共に立つ時は 黄金のちょうしに酒うつし
のめや大黒うたえや夷 中で酌とる福の神
一★ヒ★や二★フ★や、三や四や、五や、六や、七や、八★ヤ★や、コーコ、十

37.手まり唄(和具) 1'30" 同
〓とゝさん かゝさん泣かんすな わしが廿五になったらば



23.
元の屋敷へ倉建てて、倉のぐるりへ松植えて
松の小枝へ广据えて 广の小づまへいと組んで
糸は何糸 金の糸 金の糸
ういたら雀が チュウチュウ チュウー
雀が三匹とんできて むしろ三枚こも三枚
合わして六枚ひきしめて よんべもうけた花嫁を
今朝の座敷へ出したらば チクラ ホクラとなかしゃんす
何が悲してなくであろ ちゞめんごじめん血なついて
血であるまい紅であろ 紅であろ
紅屋の館の染ものは、あってものうても ガランドや
ガランド ガランド からつばき 小さい小さい ちしゃの木の
どんどん坂の水車 あっこを通ろか こゝを通ろか
鉢★ハッチ★で味噌すれ 茶碗で米かせ ヤッシッシ

38.手まり唄(和具) 1'56" 同
〓よんべもうけたねずみ子は 月代すってかみおいて
ワイラの川を渡ろとて ガニに千匹はさまれて
あいたや こいたやガーニ殿 お前の弟の仙松は
七つ八つから金山へ 金がないので死んだやら
一年経ってもまだみえず 二年たっても未だみえず
三年目の九日に 夜の夜中に状が来て
おまんに来いとの状やら 小万に来いとの状やら
おまんはなかなかようやらん つれていかしゃれこうや殿
連れていたとて何くわそ 赤飯三杯汁四杯
尾張大根七十本 あえてくおとてゴマ三升
それの残りを戸棚のすみへおいたらば
隣の兄貴に盗まれて ゴウがわくやら腹立つやら
腹立ち川へ飛込んで ウナギ一本へさえて
手で取ろも可わいし 足でとろうもかわいし
杓屋の婆に杓子一本かりて 杓子でしゃなげて
トーシミで結わえて おがら箸で擔うて

24
カジ屋の口戸へ持てたらば 狼に逢うて
センチャへかくれて ビリ糞で滑って
セヽなげて洗うて 屁なブッツリ御返事

以下は歌詞のみ採集の分
◎藁打唄 〓槌は重たし腕は軽し 槌と腕がかえてほし (越賀)
◎木挽唄 〓木挽一代上っ引きゃならぬ 次第次第にひき下る (越賀)
◎櫓拍子 〓さいさい代れば催促申さん 板子にペッタリ白根が生える
さん頼んで唐鍬でおこせ
もっと押せ押せ下の関迄も 押せば押す程近くなる (越賀)
◎手まり唄 〓ドンツバキ ドン 落したか ドン すぼんだか ドン
ドンドの下の泥神様は こゝは桑名の四日市
一★ヒ★や二★フ★、三や四、五ツ六 七や八、九や十 (越賀)
〓お家のお裏の豆はじき 一さやはじけば皆はじく
一や二、三や四、五ツ六 七や八、九や十 (越賀)
◎初午の唄(よいころ節) 〓此所のお家の御祝に 座敷をさらりと開けみれば
七福神がなおり居て、金の銚子に酒移し
飲めや大黒 唄えや夷 中で酌とる福の神
〓此所のお家の御繁昌しようやら 鶴が御門へ巣をかける
親に孝行な子を持てば 雨の降る日も風の吹く夜も
唯ぢゃ 雪日も霰の夜さえも 花の手樽を片手にさげて
酒屋通いをしてくらす
〓今年ゃ豊年穂に穂が咲いて 桝はとりおけ箕で計る
〓うれしめでたの若松様よ 枝も栄えて葉もしげる
〓越賀浦々鮑が入れて出れば千杯とる朝の間に (越賀)
◎盆踊唄 〓坊主山道破れた衣 行けど戻れど木にかゝる
〓盆の来たのに踊らぬ者は、寺の大黒 医者の嬶
〓この茶屋の揚燈篭を見され 上げつ下げつ物も思わずに
〓歌も知らなきゃお座敷へござれ 歌の開山虎之助
〓姉もさしたに妹もさしゃれ 蛇目のから傘を


25
〓沖のど中に茶屋建ておいて 上り下りの船をまつ
〓鳥羽で咲く花 安乗で開く 安乗は花どころ
〓鳥羽はよいとこ朝日をうけて 東風の入れ吹きゃ そよそよと
〓伊豆の下田を朝山まいて 晩にゃ志摩領の鳥羽浦へ
〓東風の吹いたに上りの来ぬは たゞはお江戸は川止めか
〓えんこ婆さん焼餅好きで 夕べ九つ今朝七つ
〓娘島田に蝶々が止る 止る筈だよ花ぢゃもの
〓声が枯れたよ甘藷買ってたもれ 藷いらんに声たもれ
〓松の緑に苺を添えて お前末代わしゃいちご
〓安乗燈台心から廻る 私ゃリン気で気が廻る
〓揃ろた揃ろたよ踊りが揃ろた 福の出穂より尚そろた
〓水も居所濁った水も 蓮の葉にのりゃ 玉となる (越賀)
◎童唄 〓山へ行こ行こ山へ何おいてきた 薬箱手箱 手箱の中に
赤如露と汚ない如露と 赤ねきてござる 京へ参ろか
大阪へ参ろか 大阪の道で 日がズンブリ暮れて
此所は何所やと問うたらば こゝは鎌倉本屋敷
踏んでもふんでも金の音 赤土掘って空みれば
赤い小袖が一重ね 白い小袖が一重ね
我子に着せりゃ人の子が恨める 人の子に着せりゃ我子が恨める
ドンドへ放り込んで アジやサバや デッコロボーズ スッコロコン
〓わいらよう わいらよう 花折りに行こやんこ
何花折りに 菊の花折りに 一本折っては腰にさし
二本折っては腰にさし 三本目に日がくれて
こゝは何所やと問うたならば 堂の囲りへゴマまいて
ゴマも人参もみな毒よ 油は佛のおみあかし
一たけ二たけ三たけ 桜の枝へ雀もとまる
烏も止まる 烏のノドを シャシャゲてみれば
キッチャホッチャと気がもめる 八百屋の団子を手につけ足につけ
ヤッポンポン
〓どんつばきどん 落したかどん どんどの下の泥神様は

26
こゝは桑名のさかいのチョウ
一や二や三やヨや五や六や七や八 九つ十
こゝとでおいたら おいもやしょう
おいもは一升いくらかな 三十二文でござります
チョコ マカラカ チャカラカ お前のことならまけてやろ
〓おとん とんとん 何故まゝ喰わぬ 腹がいたいかつわりもやむか
腹もつわりも病んだことないが 今年始めてこの子が出来て
もしもこの子が男の子なら 髪もシャンと結うてお寺へあげて
お寺縁から突落されて一分二分する鼻紙ふてて
誰が拾ろたど詮議をすれば 大阪てぐりまの娘が拾ろた
娘呼んで来い盃さしょに 娘おらんでたのみが失せて
頼み川へゆうて流す 一文の銭が二文になって
二文の銭が三文になって 三文の銭でしるしを買うて
ヂヾも呼んで来い婆もよんでこい 酒こうて参らんしょ
〓もくげん様の門かたみれば、今年も巳年 又来年も
孔雀の鳥はとんで廻って熊野へおりて
熊野の山は高い山で 一段上り 二段上り
三段上って東をみれば よいよい娘が三人ござる
一でよいのはイの屋の娘 二でよいのは 二の屋の娘
三でよいのは酒屋の娘 酒屋の娘は大伊達こきで
チロリの帯をきりきりまいて 本チリメンを襷に掛けて
向うの姐さん扇で招く
〓あそこへ来たのは何処の船 おし松勘太郎屋の遊び船
遊びは新造でよいけれど 舟の中で子をもうけて
その子の名を何とつけよう 八幡太郎とつけやんせ
八幡太郎のはかまは 梅もちくり血出して
桜もチックリ血出して 紺屋どの糸を染めておくれんか
一分や二分で染られん 向いの紺屋へ持ていったれば
くちなしお色に染めてきた お六まんぼ豆いってこうどれ
ガーリン ガリンガリン



27
〓はいはいそのまた姫御を受取って お返し申せば左さま
あなたも落とすと恥やんな 私も落とすと恥やんな
向うのあねさんしっかり渡すに うけやんせ うけやんせ
〓釣瓶の下の織姫さんは 朝ゆうた髪をちりりんばらり
おんかげ様に抱〆められて おう恥かしや こう恥かしや
この子を抱いて何きせましょか どんすを着しょか
金らんどんすもいやだ 旦那の浴衣きせて
宮詣させて 宮のあねさん これ一つたもれ
これ二つたもれ 十セ 二十セ 三十セ ……百セ
とこ一貫かしました
〓忠臣蔵の役者づけ 心は小浪に打連れて
後に先にと加古川の 本蔵めしや いさめしや
顔世御前もいさめしや どうした縁の判官は
どうしよう高師直は 薬師様へと願かけて
祈る私の心には 早や早や 早野勘平は
くだるお軽の松の木へ ごうをえもんとさらすとは
いとやも千崎弥五郎は 障子がらりとへんばらり
こがさん そこにと火が出るに 一ちゃやとせ 一ちゃやとせ (以上和具)
◎鯖釣り唄 〓鯖の一本釣りゃ乞食よりむごい 乞食ゃ夜ねて昼かせぐ
〓鯖の一本釣りゃ南の沖で 雨もふらぬに袖しぼる (和具)
◎徒歩荷持唄 〓カチンもちすりゃ辛かれ殿よ 何がつらかれ職じゃもの
〓恋に焦れて啼く蝉よりも 啼かぬ蛍が身をこがす (和具)
◎盆踊唄 〓沖の瀬の瀬の千本竹は 汐にもまれて子がさかん
〓目黒背黒へのみうちかけて おこす心のありがたや
〓踊りすんだに心天出しやれ 皿へしょゆかけ ちょいと出しやれ
〓朝の日の出の出合の鰹、釣らせたいぞや 我殿に (布施田)
◎徒歩荷持唄 〓カチンもちするより乞食はましよ 乞食ゃ夜ねて昼かせぐ
〓岳へ登りて一の瀬をみれば、志摩の飛脚が今渡る (布施田)
◎初午の唄 〓ヨイサ ヨイサ ヨイサマカセ 十七八なるソレソレ
小娘が ぼたん ソレソレ 畠で花をつむ アーノーエーイエイ


28
花の前掛 チョイチョイ 花襷ソレソレ そこへ侍士来かかりて アーノーエイエイ
あの娘よい娘や アーノーエイエイ もうちと成人したなればチョイトチョイト
妻にしようもの寝妻にしようもの アーノーエイエイ
これさ侍士何いわしゃんす アーノーエイエイ 小さい小舟も アーソレソレ
灘を越す千石 アーチョイトチョイト 船でも櫓でわたる
山しょ小粒でも ドッコイ ドッコイ こちゃ 辛い
目出度のごく目出度 お祝いすまいた (布施田)
◎盆踊唄 〓(他部落で既述と同じ詞章省略)
〓太鼓打ち奴が踊り子にほれて 七つ太鼓を八つに打つ
〓鰹よせたよ山中だしに 行けば千釣る朝の間に
〓踊りたいなや お茶屋の前で 鶏の二三羽うたう迄
〓自慢顔して踊らん奴は 何故に来たぞえこの浜へ
〓踊りゃ済んだに心天出しゃれ 皿へしょゆかけそろぞろと
〓皆んなどなたも行くなら行きゃれ 言たとてこの場をさましょかれ (片田)
◎伊勢音頭 〓めでためでたの若松様よ 枝も栄えて葉もしげる
〓枝も栄えて葉もしげりゃこそ うれしめでたの松と言え
〓めでためでたが三つ重なりて 末は鶴亀五葉の松
〓忠臣蔵の七段目 船に例えて申そなら
沖のとな瀬に小娘あり 面舵取舵由良之助
表に平右ヱ門立つからは エイヤーの錨打込んで
もしや錨のあがらん其時は 若狭の助を頼まんせ
腕に力弥を入れたなら 何ぼ大名の錨でも
其時ゃ お軽さんで揚ります
〓忠臣蔵の勘平さんは みのきてにょこりふっくりはいて
火縄に火をつけ犬つれて あちらの谷には犬廻し
こちらの谷には我身おき 出てくる奴をばしとどめようと
ぽんとはなせよ二つ玉 しゝかと思うて射ったなら
南無三しまった旅の人 薬はないかと懐中へ
手を入れみれば縞の財布に金五十両 死んだよお前は
いらぬ金、しばらくの間借りまする (片田)



29
◎初午の唄 〓和具はよいとこ住みよい所よ 浦で真珠の珠光る
前に連る島々は 大島 鳴神 辺子 神の島
沖の鰹で浜白む 磯も直りて荒布も生えて
鮑天草や蝶もふえて 海老も大漁で (中断)
〓十七八なる姉様が 橋のらん干に腰打ちかけて
遥かに沖を眺むれば、白き鴎が三つ通る また三つつれて六つとなる
沖の鴎に君はととえば 私ゃ立つとり波にきけ
キハダの水田で 気はサンザ ヤレエー船となる
足を櫓かいに 羽根帆にまいて 思う港へ
〓障子あくれば初花が ヤヽみとれ 庭にとびくる蝶さえも
つがい蝶々でたむわれ遊ぶ、アレアレ アレみやしゃんせ
蝶類さえもあの通り あの道助のオジンか
雨のふる程いとし恋しと文をやれど
〓この家の家に春が来て 門の梅にも花が咲く
枝に宿りし鴬が ホーホケキョーと福を
床に飾りし掛物は 宝莱山や五葉の松
尾上の松も青々と 枝も栄えて
〓十七八なる姉様の 出立姿にわしはちょとほれた
田舎育ちの私でも ほれたをふしょうと諦めて
叶えてやろとの一声を いうてくれてもよいわいな
「庭の山しゅうの木に なる鈴かけて 鈴のなる時出ておじゃれよ」
二人がこうして添うなれば はなれまいぞやいつ迄も
〓平家で名高き惟盛様は 恋路に迷うてしばらくは茶屋遊び
釣瓶寿司屋は弥左ヱ門 娘お里は花だすき
前にゃ前かけシャンときて 白き手拭腰に下げ
当世はやりの振袖で お里のつけたあのすしは
愛に愛もつ鮎の寿司 いかな客でも
〓酒という字は三水の 清めの酉とかくわいな
何ぼ加賀の機屋の菊酒でも、肴なしでは召上られぬ
一に出世のボラの魚 二でにっこり姫子鯛


30
三にサイラやよせてくる鰛 五つイナダや 六つムツの魚
七つナイラギ 八つ山の鱒 九つコノシロ 十で飛びの魚
これを肴に
〓色の黒いは三ヶ所の菜売り およしの髪の結いぶりは
上げもせず下げもせず キリリと巻いて投島田
江戸ではやりし国戦爺の合戦で 蛸の親父め色気なし
伝馬下ろしてトマ打拡げて ニッボリと嵐……
吹け吹け北東★キタゴチ★吹かば思う三ヶ所へ……
〓十七八なる姉さんが 初めて座敷へ酌に出て
さてもよい子ぢゃ気量な娘ぢゃ 花にたとえていうたなら
春に咲いたら桜花 夏はたちばな 秋は菊
その花嫁と手にとれば 金や黄金の花が咲く
返唄〓親父は大きな鰹釣った 其の鰹肴に一升のんだ 二升のんだ
ヨイサ ヨイサ ヨイサ マカセ
〓堤の橋のまん中でからかさ枕にやったげな俺もみたけど
言わなんだ 言わなんだ ヨイサヨイサヨイサマカセ (和具)
◎伊勢音頭 〓トロリトロリとよ阿呆唄うとて 春が来たぞや伊勢参宮に
〓志摩へ来たなら忘れずにおいで、又くる年もくる年も
三月桜の咲く頃や 秋のもみじの散る頃に
私が此家に居る限り、広の浜を忘れずに皆さんよ来ておくれ
〓伊勢の松阪の本居様が
敷島の大和心を人とわば 朝日に匂う山桜
うとうた唄が国の花
〓此家お家は繁昌しょぞや 門にゃお鷹が巣をかけた
〓坂は照る照る鈴鹿はくもる あいの此家は金が降る (和具)
◎初午よいころ節 〓アアヨイヤーアナ コノ祝い アアヨーイサヨーイサヨイサマカセ
此家お家は御繁昌しょぞや 前はくるくるぐるりは車戸
後は名所小金切窓ぜにすだれ ぜにのあいから朝日さす
さすは白金日は黄金 表のつゝじで門てらす
裏のさつきで庭てらす 此家御主人世をてらす



31
アヽ孫子栄えて めでとうござるエ
〓此家お家は御繁昌をしょぞや 峯は八ツ峯造りなり
二階は小箱の組天井 たゝみ千帖を敷き並べ
高麗づりや錦づり、訪来参訪を飾り立て
訪来参訪という文字は、ござるお方を福とよむ
〓十七八なる姉さんが、遥かに座敷を眺むれば
床にかけたるかけものは、一に天照皇太神宮
右の方には八幡大菩薩、左の方には春日は大明神
檀那大黒嬶恵比須、此家嫁さん福の神 (和具)
◎麦打唄 〓表は鬼げな蛇のようなものなーれど
思いかゝれば程もない 程もない
青菜も粉になれ コラサノショウ
〓麦も仕舞うたら小麦も仕舞うて 左うちわで親里へ
青菜も粉になれ コラサノショウ (布施田)
◎雨乞い唄 〓沖のくらいのは 雨ではないか
いなさもとから だあだあと
〓雨よふれふれ千百日も
網や錨のくさる迄 (越賀)
◎徒歩荷持唄 〓志摩の徒歩荷持ちゃ 乞食よりゃむごい
乞食や夜ねて昼こじく (越賀)
◎さんやら節 〓ドッコイ ドッコイ
嬉しめでたの若松様は 枝も栄えて葉もしげる
〓枝も栄えて葉もしげりゃこそ うれし目出度の松といえ
〓お前百迄わしゃ九十九迄共にしらがの生える迄
ホメ詞「その盃の中みれば」鶴と亀とが舞をする (片田)
◎盆踊唄 〓いなさもとから雨がくる 片田繁昌の雨がくる
〓目高よせたか八郎浜ヱ磯へ 行けばとてくる朝の間に
〓大人ふりして踊らぬ奴は 何故に来たぞえこの丘へ (片田)

32
聴書き(大山、笹山両氏からの)
◎和具は、平安朝迄、矢納★ヤノー★村といった。足利時代は此辺野盗多く、紀州から鎮定のため和具豊前守を招いた。矢納の名は、神功皇后東征の折、立寄ったとき、矢を献上した。また天照大神も此地にいたともいう。
◎朝鮮征伐のとき参加した青山(和具)豊前守の臣、越賀隼人が船上で唄ったのが「よいころ節」であるという。
◎よいころ節は、様々の祝唄として唄い、それぞれの終了部に留唄がつく。留唄は大漁のときは〓三国一や大漁するぞえシャンシャン
その他、初午、婚礼、新築のときなど
唄い方は、三幅一対を返しなしで唄い、そののち無礼講となる(返しつき)
◎盆踊は毎年8月13日から8日間
伊勢音頭の道中唄が起源という
◎安政のキキン以来、荒布を天井に保存している
◎昔は荒布、大豆をいれた雑炊を主食としていた。


昭39.5.19、CBC本田善郎氏 現地録音テープより (採譜)牛山杲(1964.5.26)
そうめん作り唄(掛け場唄)四日市市大矢知(現川北町)(唄)筒井國太郎(72才)


名一島 680.440.1120
島一和 180.




33.
§124.三重県四日市市川北町(39.5.19)
本田善郎、手島高幸、水野通久
世話人 同市大矢知興譲小学校教頭 諸戸尚一(四日市6-0702)、校長 館 司
同町 筒井国太郎氏(72)の演唄の民謠
1.そーめん造り・掛場唄 2'37"
〓ハーエーヨーオ
エーそうめん上手なーエー はー
ヤレ灘吉様よト
エー唄の上手なは丹波吉
〓唄い出したぞ そーめん屋の小僧が ねぶたね声で細々と
〓そーめん職より他の職ないか せめて朝迄ねる職が
〓めでためでたが三つ重なりて 鶴が御門にゃ巣をかけた
〓鶴が御門に何というてかけた お家繁昌というてかけた
2.茶師唄 1'56"
〓アーお茶を摘むなら芽茶からつみゃれ
芽茶は目も効く鼻も効く
〓お茶師番頭さんが盲ならよかろ
お茶に叱言がのうてよかろ
〓いやで幸い 好かれちゃこまる
お気毒ぢゃが まだ他に
〓いやなものなら 別れよまいか
いやな私を見るよりも

◎川北町は旧三重郡大矢知村。昔から「三重糸」を主とするそーめん所として名高い。昔は近くに沢山あった水車屋から粉を入れて約200軒があったが、今では大企業の粉を用いて約80軒が営業(12/1〜3/31)。
上の唄は昭和の初年迄、家々で唄われていた掛場唄である。そへめん作りは、粉を水で練り、手でこねて足でふみ延しては折り、こね上げたものを(この仕事は毎日午后始まる)湯気を逃さぬようにして


34
早朝迄ねかせる
朝2時頃起きて、これを約一寸太の棒にのばしつつ竹棒にかけ、この竹棒を何段階にもわけて引延し、乾燥させる。約7時間かゝり、一日の仕事が終るが(延すだけで)この間は乾燥せぬ内に延さねばならぬため「親の死目にも逢えぬ」という。
又バラバラとそうめん屑が散乱している大矢知へ来た旅の人はその見事にのびた細い仕上げをみて「元結が乾してある」と思うという。
仕上げたそーめんは、6月末迄、乾燥した倉で保存する。この間そーめんは互いの熱でヤクを起し(やわらかくなり)塩・油気が脱け、やがて固まって出荷の頃には上質のそーめんとして仕上る
◎大矢知では、掛けるのは上述の如く朝2時頃からであるが、播州では宵掛け。
◎関西のそうめんは6月末倉を出し、7月の大阪天神祭に売出す。
◎(道しるべ、安政三年御蔵米問屋が建立)




35
§125.岐阜県羽島市江吉良町収録(39.6.5)
本田善郎、阿部 正、金田一男 (下見)手島高幸
世話人 羽島市史編纂調査委員長 武藤重造 羽島600 自宅234
92-2228
羽島市竹鼻町を中心とする一帯と尾張中島郡地方とに、昔宗教的な農村娯楽“七墓★ナナハカ★”という年中行事が行われていて、明治末期には各所において七墓大会が行われ、技をきそった。(朝に七宮 夕に七墓)(南天の葉汁をなめてのどをきそった)
明治42年、風俗取締令で跡を断った
この七墓は、六波羅密寺の開山、空也上人(天禄三年紀元1633没)が創始した空也念仏を母胎としたものと思われる。創始者は先達青山金松(安八郡安八村中須)
註 空也念仏:天台の一派。空也上人が平定盛に教えたもの、もと京都の空也堂を本山とし、徒弟妻子を具して優婆塞(在家の仏弟子たる男)の姿にて瓢を叩き、無常頌文を唱えて物を乞い歩く、これを鉢叩、踊念仏、空也踊などという、この徒弟■■を作り、歳末に市井を売歩いた
七墓の組織として明治中期に條文化したものがある
七墓連中規約(江吉良町)
第一条 本会は村内有志者の■合により成るものとす
第二条 本会は人心を慰め、精神を正直にし、念仏執行を旨とし、有志金を以って仏堂建立するを目的とす
第三条 本会賛成の者は入会金として金廿五銭を持参するものとす。但し入会金は本会記名者の死亡後、追弔念仏経誦の礼金に供す
第四条 他村七墓当村へ回入の時、本会連中の者は、其の回向の場所へ臨むことを禁ず
第五条 連中本会退引後、本人存命は名義を残しおくものとす
第六条 書中訊問或いは言語の廻りかねたる所をきゝ及びたる時は、とわざれども互に教えきかしむものとす
第七条 念仏執行のため徘廻の時、村内他村に拘らず、猥の遊戯或は女色に耽り余言を語り、その他安寧秩序の妨害となる事かたく禁ず
第八条 連中規約に違背し、本会の名称を汚すものあるときは連中互に


36
戒諭し、其上きかざる者は本会協議の上之を除名す
但、除名すとも入会金は返付せず
第九条 本会事故ある時は鐘を打ちて報知するものとす。但鐘声をきゝ及びたる時は直ちに宿へ合集するものとす。
◎以上、明治26年会員12名で創立、明治31年4月5日入会金を廿銭に改正して新会員29名を加えた
◎第二条に則して連中が建てた道標がある

 行事は毎秋のとり入れ後から翌年三月迄の間で、自村は勿論遠く中島郡、大垣迄遠征した。服装は普段着、行進途次で鉦(双盤)を打つ他は鳴物なし。路上で他の連中に出合うと、鉦を打って挨拶しあい、鉦の問答或いは和讃競べで優劣を決し、敗者は其村から退散した。
和讃は大別して
一.念仏讃仰する純粋形
二.時事もの
三.滑稽もの
四.祝儀もの
五.浄瑠璃に取った段物
但し、唄出しには必ず「帰命頂礼」があり、結末部は「乃至法界平等利益」と結ばれている。
(この精神が上述規約第二条につながるものという)
収録内容は
1.(段物)
一谷嫩軍記熊谷陣屋の段 15'55"
配役 熊谷  奥田鍵治(77)
   相模  奥田千代作(74)
   藤ノ方 渡辺安太郎(74)
   軍次    〃  
浄瑠璃    奥田千代作
地      奥田九一(72)
       山田忠治(77)
       水谷清太郎(77)



37
2.(段物)近頃河原違引 お■伝兵ヱ堀川の段 7'17"
配役 猿廻し 奥田千代作
地      他五名
0"地
2'20"から猿廻し
3.(段物)忠臣蔵七段目 12'32"
配役 お軽   奥田千代作
   平右ヱ門 奥田鍵治
   浄瑠璃  奥田千代作
   地    他四名
9'26"〓もったいないが父さんは
4.道中で打つ鉦 1'14"
5.(時事物)日清戦争読みこみ白骨文章 2'24" 渡辺安太郎
6.(時事物)日清戦争のぞき入り 12'33"
のぞき 奥田九一
 〃  渡辺安太郎
地   他四名
0"地
1'55"ノゾキ
10'23"地 End

◎人がなく演唄は出来ずに詞のみ残存するもの
一.(和讃もの) 七墓由来和讃
〓帰命頂礼七墓の 由来をきけば有難や
京の四条の極楽寺 空也上人鉦叩き
ひょうたん叩き鉦たたき 念仏踊りなむあみだ
冬の冬至の始めより 七日七夜の寒念仏
春は春とて洛外を 依佛を打って廻られる
其声いかゞ一たびの 南無阿弥陀仏という人の
はちすの上にのぼらぬは なしの誓ぞ ありがたや
一日一夜に七墓や 七宮廻り 辻々に
立止りてはなむあみだ 宮に迷いの鬼神達
辻や墓所に万霊の 迷のものを導きて
仏にするの行者也 念仏衆生摂取不捨
犬猫鳥はおろか也 あり虫けらに至る迄


38
浮かぬ者はなかりける その行道を伝え来て
末の今世に至る迄 七墓めぐり執行する
その一声の念仏を きくも宿世の因縁と
悦びたまえなむあみだ 乃至法界平等利益
二.(時事物)竹ヶ鼻市始め
〓そもそも市の始まりは 聖徳太子人を寄せ
売りつ買いつをなさしむる これぞ和国の市始め
夫より巳来世に伝え 所どころに市を立つ
中に賑う竹ヶ鼻 二七の市と申しける
四方の国より商人が 結城機留白木綿
町は青もの川魚 薬種小道具海魚
町もせましと立つ市は 元来下の市なるに
一段下へ引きければ さあこそ上が発起して
終に訴訟と相ならば 役所通いも長が久し
御裁許には双方へ 商人分けとぞなりにけり
巳前に勝る賑しさ まず初市の売始め
「サアサアまけたぞ買って行け、ごぼう人参山の芋
婆さの法事をつとめんが、法事つとめは御花松
沈香抹香もかって行け、お腹がすいたら五月飯
お嬶さん古着をかわねいか、破れた肌着はまけてやれ
千切れはお前の猿股だ、鋸目立てに鍋鋳掛
鮒鯉鯰の安売りだ、頼母子講でもやらねいか
元服嫁入はどうだいなァ あれも足れもと買う内に
お嬶のよったねじ糸を 売たる金もようようと
七八文ものこりける これで一杯ひっかけて
そろそろ家へ帰りましょう 乃至法界平等利益
(天保12年10月作)
三.(滑稽物)蛙の嫁入
〓そもそも田宮の青蛙 お宮の裏の竹薮の
殿様蛙へ嫁入りする 仲人は何ぢゃと尋ぬれば



39.
縁の下なるひき蛙 持行く道具尋ぬれば
たんす長持■箱 中は何じゃと尋ぬれば
蜘蛛やギッチョやヘコキ虫 ひばこり鮒やせんぱらや
蝶々とんぼやきりぎりす お宮の前の大門を
行列揃えてそろそろと 田螺殻にのり雨蛙
長刀かつぐお玉ぐつ めった蛙が鉢巻し
たんす長持■箱 あとから行くのがひき蛙
仲人ぢゃそうなのそのそと それから行くのが花嫁で
背中にきたる青合羽 腹の方には白りんす
あとから行くのが付女子 時は暮六つ宮の裏
行列揃えて入りにける これは浮世の嘘のこと
誠のことは弥陀如来 唯々たのむ御本願
弥陀の浄土を願うべし 乃至法界平等利益
四.(祝儀物) お礼祭り
〓省略
五.(段物)には例えば 金比羅利生記 妹背山 忠臣蔵
東海道五十三次 鐘巻道成寺などがある。



§126.三重県志摩郡志摩町第二次収録(39.6.26〜27)
本田善郎、手島高幸、阿部 正、花木 実、岡田明子
世話人§123.と同じ

同町和具 剣収寺にて
(収録民謠は第一次の時からの通し番号)
39.さんやら節(片田) 2'52"
〓ドッコイ ドッコイ
嬉し目出 チョイト エー度ガアーのオーヨー
ア ドッコイ ドッコイ サンヤーアー若アンラー
ア ドッコイ ドッコイ アーまーンラアつ様ーンガーはアーヨー
ア ドッコイ ドッコイ 枝もさか チョイトハーえーてーエーヨー
ア ドッコイ ドッコイ サンヤ アー 葉 もンゴー
ア ドッコイ ドッコイ 葉もンゴしゅげる このえー
〓ごーくいーち おいわいゆわい 済まいた
ゆおうて三度は オシャシャンノシャン
独唱  浜野まつ(76)
ハヤシ 山本とめ(77)
    浜野こよし(72)
    山本かん(67)
40.海女の泣き節(片田) 52" 演唱者同上
〓アー 五貫とる身も 百匁のわしも
ハーヨーイヨイ ヨイヤサト
肌身ぬれるは おなしこと
ヨーイヨーイ ヨーイトナ
〓めたか せぐろへのみ 打ち立てて
おこす心の有難や
・めたか=岩の表面へ出てきたあわび
・せぐろ=背中の黒ずんだ大きな品種
註、この唄は海女が出漁のとき、桶にすがって泳ぎつゝ唄ううた



41.
41.茶摘み唄 1'12" 同上(片田)
〓ハー 茶摘め 茶つめと旦那さんはいうけど
キタサノ ドッコイ
ハー摘めどたまらぬ細★コマ★こ茶で
キタサノ ドッコイ
〓茶山茶所 茶は縁どころ
娘やりたいお茶つみに

42.茶揉み唄 29" 山本とめ(77)(片田)
〓ハー茶ぶりさんたちゃ お国はどこや
ハー ドッコイ ドッコイ
国は長崎 五島の浦 ハー ドッコイ ドッコイ
ハヤシ〓それ たんすに長持ゃ 嫁入り道具ぢゃ
戻る時ゃ おいてこい 親からゆづりのヒゲボヾは持て来い
それさえ持て来や 何処へでも行かれる
泣くことは ないわれ

43.伊勢音頭からよいころ節 2'26" 同(片田)
〓ハ ドッコイ ドッコイ
アー ヨーイナー 与作丹波のナーヨ ハ ヨイヨイ
アー 馬追いなれど アーヨーイセー ソーラセー
ヤレ 今はナー お江戸で ヨーイソーリャ 二本差し
ハー ちゃんとさせ しゃんとさせ エーさせ与作
1'00"
〓アーノ エーイ エイ
与作さいたる エードッコイ
差前は鞘がエ アードッコイ
エー 三十匁で 下げ緒が二十匁
アーノ エーイエイ
つばと目釘なエー アドッコイ
アー一文きなか アーノエーイエイ
鞘は桧のドッコイ あらけづり 目出度
◎1'00"からがよいころ節



44.よいこら節(和具) 5'07" 笹山竹之亟(68) ソロ
小島徳次郎(84)催促 ハヤシ
西世古恒也(54)ハヤシ
岩城岩松(42)ハヤシ
〓ハー ウテおけ(拍手2)
もーつセ(拍手2)
アーヨーイサ ヨイサ ヨイサマカセー
〓ハーヨーイヤー この祝い
アー ヨーイサ ヨイサ ヨイサマカセー
ハー 祝い目出度の チョイトチョイト 若松様は
アーヨーイサ ヨイサ ヨイサマカセー
枝もエー 栄ェえて チョイトチョイト 葉もしげる
お前 チョイトチョイト 百迄 わしゃ九十九迄
アーヨーイサ ヨイサ ヨーイサマカセ
1'57"〓待った待った待った待ってくれ
ソレ兄★アニ★さんが、鯛を三枚持って来た ソコヂャイ
そのまた大きなそのたいは ソコヂャイ
皆さん御承知のありがたい ソコヂャイ
そのまたお次のそのたいは ソコヂャイ
皆さん御承知のおめでたい
アーも一つ唄うて貰いたい
アーヨーイサ ヨイサ ヨイサマカセ
2'45"〓サノヨーイナー このいわい
アーヨーイサ ヨイサ ヨイサマカセ
エ 酒という字は ア チョイトチョイト
エ さんすいに清めの アチョイトチョイト
とりと マ 書くとかや
アーヨーイサ ヨイサ ヨイサマカセ
何ぼ加賀のきやの菊酒でも ホイ
さかはエー チョイトチョイト




43.なくては 上られませぬ
アー ヨーイサ ヨイサ ヨイサマカセ
エー これをすんでからに ヤードッコイ
三国一ヤ アーめでとござるエ シャンシャン

45.よいころ節から伊勢音頭(和具) 5'35" 岩城岩松 ソロ
小島徳次郎 息つぎ ハヤシ
笹山竹之亟ハヤシ
西世古恒也ハヤシ

セリフ〓サー ヨイサ ヨイサで いこか
〓サー ヨーイサ ヨイサ ヨイサマカセ
ンサーヨーイヤ この祝い
アー ヨーイサ ヨイサ ヨイサマカセ
此の家おうちで チョイトチョイト 春が来た
アー 門のチョイトチョイト 梅にも花が咲く
アーヨーイサ ヨイサ ヨイサマカセ
枝にとまった チョイトチョイト 鴬★ウグヨス★が
ア ホケ チョイトチョイト キョ よーと福を呼ぶ
アーヨーイサ ヨイサ ヨイサマカセ
ン 尾上の松の チョイトチョイト
ン青々と ア枝葉もしゅげる
2'37"〓ア待った待った待った まってくれ
アラ弁慶が ソリャ
一ィ二ゥ三ィ四ォ五ッ六ゥ ソリャ 七つ道具を背なかにおび
ソコジャイ
牛若丸とエーヤサッサ エーヤサッサ
ヨーイサ ヨイサ ヨイサマカセ
3'15"〓ンサーヨーイサー
伊勢の松坂の アヨイヨイ
アー本居さまが アヨーイセー ソーラセー
敷島の大和心を人問わば アー朝日に チョイトチョイト



匂う桜花
アーヨーイサ ヨイサ ヨイサマカセ
ンヤレ唄に ナーエ 残したヨーイ 皆さんよ国の花
アラホンマカヤートコセーヨーイヤーナー
アーハリワイセ コレワイセー サーヨーイトセー
三国一や アーめでとござるエ シャンシャン

46.よいこら節(和具) 1'16" 小島徳次郎
笹山竹之亟
西世古恒也
岩城岩松
〓アー ヨーイサ ヨーイサ ヨイサマカセ
アー このォ ゆわい
アーヨーイサ ヨイサ ヨイサマカセ
エー差いた盃ェ チョイトチョイト
コリャ 中見て あがれ
アーヨーイサ ヨイサ ヨイサマカセ
ン中は鶴亀 ヤードッコイ
三国一や ア めでとござるエ シャンシャン

47.木挽唄(和具) 41" 小島徳次郎
〓アーエー
木挽きゃ 一代ェー 上り挽きゃならぬ
次第次第に 下り挽き
〓木挽きゃ一代 一升飯ゃ喰うて よきではつるような糞たれる
・よき=斧
・はつる=けづる

48.徒歩荷持★カチニモチ★の唄(和具) 1'10" 小島徳次郎
〓徒歩荷持ちすーりゃ 辛かれ殿よ
エー何が辛らかれ 職ぢゃもの
〓徒歩荷持すーりゃ つーらかれとーのーよー
エー何が辛らかれ 職ぢゃもの



45.
〓徒歩荷持ちすりゃ 乞食より劣る
乞食ゃ夜寝て昼こじく
◎夕刻陸上げした魚荷をかついで山田迄
往復三十里の道を運ぶ徒歩荷もちの道中唄

49.冨士参り唄(和具) 2'38" 岩城岩松
〓吉田通れば二階から招く エーしかも鹿の子の振袖を
〓木山三里に萓山三里 いたどり山をば朝の間に
〓お鉢廻りて御来迎を拝し 下山心のうれしさよ
「アー天上鉢よ 廻った お山もよかれ」
〓山よよかれ お山もよかれ 泊り泊りの宿よかれ
〓木山三里に萓原三里、あとは六根清浄で上りましょ

50.雨乞唄(和具) 57" 小島徳次郎
〓雨よふれふれ千百日も 網やいかりのくさる迄
〓沖の暗いのは雨ではないか いなさもとから雨たのむ
・木製の大きい珠数を浜へ持ち出し、この唄を唄いつゝバケツで珠数に水をかけて祈る
・いなさもと=東南の方角

51.盆踊唄(片田) 4'12" 浜野まつ 浜野こよし 山本とめ 山本かん
太鼓 矢倉幸吉(43)
〓アー ソーリャ
踊りたいぞや 十五夜の ソーリャ 月に
アー ソーリャ
お月ゃ 山端へかゝる迄 ヤレ かゝる迄
〓いなさもとから雨がくる 片田繁昌の雨がくる
〓太鼓打ちめが踊り子にほれて、七つ太鼓を八つに打つ

52.盆踊りクドキ(和具) 7'48" 岩城岩松 太鼓小島徳次郎
笹山竹之亟、西世古恒也
〓アー ヤートセー ヨーイヤナー ハリワイセー ○a
エーちょいと出ました ソリャ ○b 三角野郎がアーヤートコセー○c
四角四角のやぐらの上で



アーヤートセー ヨーイヤナー ハリワイセー
音頭とるとは ○b おーそれ乍ら○c
エンヤ ヤートセコセーのハヤシをたのむ
○a エ こゝに伺う○b 踊りの夫婦○c
四角四角の浮世の中を
○aおへそを茶にした○b明るいはなし○c (以下ハヤシ省略)
ワヨカそで始まる音頭
村の与作がお嫁をもろた
嫁女美人で働きもので
昼は田へ出る 夜さまゝをたく
与作唄好きで 嫁御はおどり
好きで達者でかせぐもうれし
二人仲よく 手に手をとって
4'00"〓ソリャ 音頭さんと踊り子よ チョックラチョイとまってくれ
またしゃんせ ア ソコダイ
音頭の息つぎにチョイと出たぞ チョイと出たぞ
ア ソコダイ
4'22"〓今度まさきのおゝやけに おゝやけに ソリャ
おまんこを片ぶたやいてきた やいてきた ソレ
今じゃおまんこに毛がないが こいつがまたどうじゃいな
アーヤートセー ヨーイヤナー
5'00"二人仲よく嫁ぐもうれし 踊りましょうよ手に手をとって
そこへこの家の主がみえて これさ与作や ママまちな
好きで踊りを踊るはよいが タヽミ破れて床さえおちる
唯ぢゃ済まさぬ屋賃を上げる 与作ビックリして家主の旦那
野暮はおよしよ 世は太平だ うんと稼いで品よくおどれ (これ迄)

53.蟹とり唄(和具) 17" 西世古恒也
〓くわんか くわんか
ガニ殿 くわんか
おゝばこやに くわんか (二度くり返し)



47.
54.ちんちん鳥の唄(和具) 17" 同
〓ちんちん鳥が浜通る
沖に見える親船が 金らんドンスの帆を巻いて
一寸五分のカジさいて
行かしゃれ 行かしゃれ ズーズーと

55.亥の子餅の唄(和具) 18" 同
〓山の神のよい子や ナァ
インノコ餅や 何どれ
拾おてくった 飯粒★メシツボ★や
今年ラの年に 祝わんものは
鬼もうけ 蛇もうけ
角の生えた 子ォもうけ
・山の神に供えたあと、子供達がこれをたべ、そのあとの藁づとで地面を叩きつゝ町を歩くときこれを唄う。

56.伊勢音頭(和具) 4'51" 小島徳次郎
西瀬古恒也、笹山竹之亟、岩城岩松
〓アーヨーイセー ソーラセー
アーヨーイサーエー
和具の名所を申そかな ア ソコジャイ○a
北には寺崎や真珠豊富の英虞湾や ○a
エーざがの島が大学や○a 水産学校や中学校○a
八雲神社や観音堂○a 大浜に小浜に里の浜○a
八幡山や弥助山や行者山○a けしきのよいのがアラメ山○a
大木並んだ広の浜○a はるかに沖を眺むれば○a
大島小島へこの島○a 七つ並んだなるがみや○a
三里沖には神の鳥○a 魚よせくるこの島は○a
これも和具町のヨーイソリャ 名所かな アリャ ホンマカヤートコセー
ヨーイヤナー ア ハリワイセーコリワイセー




サーヨーイトセー
2'37"〓アーヨーイナー
魚のうちにも アーヨーイヨイ
数は多いけれど ヨーイセー ソーラセー
別して海老という魚は○a アソコヂャイ
年はがゆかんのにひげ長く○a
一杯呑んだか色赤し○a
せなには具足を飾り立て○a
足には十二の弓をはり○a
目には金銀玉をうけ○a
ポンとはねこむ ヨーイソリャ 末繁昌
3'58"〓サーヨーイサー
坂は照る照るヨー ハ ヨイヨイ
ハー鈴鹿はくもる ア ヨーイセーソーラセー
伊勢のこの家には金がふる
その金 ア チョイト(トチリFO)
◎演唱者の作詞せるもの

57.鰹船の櫓拍子(和具) 42" 小島徳次郎・笹山竹之亟
笹山〓ヤッチョイ 小島〓ヤッチョイ
〓 〃        〓 〃
〓 〃        〓 〃 
〓 〃        〓 〃 
〓 〃        〓 〃 
〓ハートコヤー    〓ハットコヤー
〓 〃        〓 〃 
〓 〃        〓 〃 
〓 〃        〓 〃 
〓 〃        〓 〃 
○二人〓〓ヨーイヨイ、ヨーイヨイ リョーサ



49.
           〓リョーサ
〓リョーサ      〓 〃 
〓 〃        〓 〃 
〓 〃        〓 〃 
〓 〃        〓 〃 
〓 〃        〓 〃 
〓 〃        〓 〃 
〓 〃        〓 〃
〓〓ヨイヨイ

59.交替時の櫓拍子(和具) 53" 同二人
笹山〓アー ヘンヤ 小島〓ア ヘンヤ
〓 〃         〓 〃 
〓 〃   コラ    〓 〃 
〓 〃         〓アヘンヤコリャ
〓ヘンヤ        〓アーヘンヤ
〓アーヘンヤ      〓表にべったり
〓コラ         〓アー白根が生えた
〓ヘンヤ        〓板子にベッタリ
〓 〃         〓アー白根が生えた
〓 〃         〓再々代れば
〓 〃         〓催促申さん
〓 〃         〓アーヘンヤ
〓アーヘンヤ      〓 〃 
〓 〃         〓 〃 
〓 〃         〓ヘンヤ
〓 〃         〓アーヘンヤ
〓エー和具の五郎兵衛は 〓ヘンヤ
〓アー竜宮さんの孫だよ 〓 〃 
〓アーヘンヤ      〓アーヘンヤ
〓 〃         〓 〃 



〓アーヘンヤ コラ   〓アーヘンヤ
〓 〃         〓ヘンヤ
〓ヘンヤ        〓 〃 
〓アーヘンヤ      〓アーヘンヤ

58.サンマ船の櫓拍子(和具) 31" 同二人
笹山〓ア ハリャエイヤ 〓ハリャエイヤ
〓 〃         〓ハラ ハラ
〓 〃         〓ハラ エイヤ
〓ハリャリャリャ    〓ハラ エイヤ
〓ハリャエイヤ     〓 〃 
〓ハリャリャリャ    〓 〃 
〓ハリャエイヤ     〓 〃 
〓ハリャリャリャ    〓 〃 
〓ハリャエイヤ     〓 〃 
〓 〃         〓ハラハラ
〓 〃         〓ハリャエイヤ
〓ハリャリャリャ    〓 〃 
〓ハリャエイヤ     〓 〃 
〓 〃         〓 〃 
〓ハリャリャリャ    〓 〃 
〓〓ヨイヨーイ

◎57〜59は、舟の両弦で掛合いで唄うもの大漁旗を立てて約四丁の間を、八丁櫓でおして入港する。
神社祭礼のときにも参拝をすませた人々が、この櫓拍子を叫んで坂を下り帰る

ここに漁師の信奉する神仏の印



51.
◎志摩町の民謠 テープ分類
Tape 1. M.1〜M.13
2. M.14〜M.25
3. M.26〜M.38及び解説対談
4. M.39〜M.49
5. M.50〜M.59


§127.名古屋市(39.7.15)
阿部 正
1.童唄 つぼどん 22" 大野正恵(51)
〓つぼどん つぼどん お彼岸参りに行こまいか
烏という黒鳥が 足をつゝき 手をつゝき
それでよう参らんわいなあ

2.同 つぼ殿 22" 同
〓つぼどのつぼどの お彼岸参りをさっせんか
以下略

◎都々逸節について
印刷二葉、写真三葉 松尾禎三氏より寄贈



§128.高山の盆踊唄(1954年頃収録のもの)
唄 小きん 半七
三味線 玉奴 光若
1.高山音頭 2'19"
小坂利三説
三代家光の女歌舞伎禁止によって江戸を追われた芸人が此地に来り、三年住みついたという、その一人(おけさ)が作ったもので「松坂」ともいう。またおけさはのちに佐渡へ移り、佐渡おけさを作る

〓飛騨の高山 高いと言えど チョコチョイト
山が高うのうて 名が高い
〓木曽で御岳 上州で御岳 飛騨ぢゃ乗鞍 槍ヶ岳
〓高い山でも登れば下る わたしぉあなたに片のぼり
〓飛騨の高山お城の御番 勤めかねたよ 加賀の衆が

2.高山小唄 3'40"
◎昭和初年 福田夕咲作の新民謠
〓八重の山道遙々越えて
山の都の高山へ アリャ 高山へ
アレコーワイ ソンナラ アバエナ また逢わまいかいな
〓一夜泊りに呼ばれてござれ 山王祭りの屋台見に
〓河岸の柳がもつれてとけて 恋の中橋夕涼み
〓盆にゃ踊らまいかな八幡様で お前義経わりゃ静

3.やんさ踊 1'48"
◎飛騨各地で唄われる踊唄 今から190年程前の百姓一揆の時には、歌の文句でいろいろな集会等の打合せをしたという
〓ヨイヤサノ ヨイヤサノ エッサッサー
平湯峠が海ならよかろ ア ドッコイショ
可愛い殿御と船で越す
ヨイヤサノ ヨイヤサノ エッサッサー
〓平湯峠の大笹原に 誰が寝たやらあとがある
〓おたか出て見よ向いの山で 猿が餅つく木の股で



55.
〓今年ゃ豊年 穂に穂が下る 桝はとり上げ箕で計る

4.古大神 1'43"
〓おらは サーサヨー
お背戸のしょろしょろ川に
昔ゃ蛇が住む 今亀が住む
亀も亀ぢゃが人とる亀よ
昨日は四人とった 今日は五人とりゃった
合わせ申せば九人の家内
こやにとっとくれちゃ 人の種ゃ絶えるサーサヨー
〓おらは サーサヨー
隣りの八兵ヱの嬶さ
年は九十九で嫁入りなさる
前歯二枚にお羽黒つけて
白髪三筋に黒びんつけつけて
婆さおきゃれと孫子の意見
おいてならぬよ 出雲の神の
結ばしゃんした アリャサ 縁ぢゃもの サーサヨー

5.高山音頭 2'12"
歌詞




§129.荘川の民謠(956年7月16日高山局が収録)
1.輪島 3'00"
〓めでためでたのオー 若松イナー ソンリャヤーイ
様のヤーイナー
枝が栄えりゃイナー 葉イナーも繁るヨーオオ
リヤント コイ リヤントコイ リヤントコイ リヤントコイ
〓うらの館は目出度い館、鶴が御門に巣をかけた
〓差いた盃 中見て上れ 中に鶴亀五葉の松
〓酒はよいもの陽気をさして、顔にのぼして色を出す
ハヤシ〓都に住んでも山家に住んでも
ガンワイ婆婆だよ ノンキに暮せよ オイソレオイソレ

2.古大神 3'10"
〓おーらが サーハヨーオエ お背戸のしょろしょろ川に
昔蛇が住む 今亀が住む 亀も亀ぢゃが人とる亀よ
昨日は四人取る 今日は五人取りゃる あわせ申せば九人の家内
こやね取ってくれちゃ 人の種ゃ絶える サーハヨー
ヤットクレー ヤットクレー
〓おーらが サーハヨーオエ あねまを褒めるぢゃないが
朝もとうから朝髪結やる 紺の前掛 あかねの襷
あかね襷をヤッコラヤとかけて それで港へ朝水汲みに
港船頭がアリャコリャと招く 船頭招くな招いたかとても
心ばかりを通わせおいて 蝉の脱穀 実はこゝよ
〓おーらがサーハヨーオエ おそよと唄呼ぶ通るよ
唄うて通るに何故出て逢わぬ 心変りがしたかや おそよ
心変りは致さんけれど、今宵どんどん客ふって通るで
お茶の通いで暇がのうて出て逢えぬ
〓器量がサーハヨーオエ よいとて捲帯ぶりおきゃれ
三山四山のその奥山に 庭に咲いたる千両のつゝじ
何ぼ色よく咲いたかとても 人で手出さにゃ
その木そのまゝで絶える



57.
3.しょっしょ 2'12"
〓サー しょっしょどころか アヨーイヨイ
今日此頃は アラヨーイヨーイ
人の知らない苦労する アライカニモ しょっしょ
〓信州追分 八尾の小原 飛騨のしょっしょには かなやせぬ
〓器量がよいとて気のよいものか 茨牡丹の花をみよ
〓わしとお前はお倉の米よ いつか世に出てまゝになる

4.荘川甚句 2'45"
〓五里白川門前のお寺 チョイサー
こけらぶきとは知らなんだ 知らなんだ
こけらぶきとは知らなんだ
〓朝のごぼうはかねんぼう様のミヤカどころか有難や
〓ビキリンスケ来たのぢゃキスケ いわでさすけの真似ゃならぬ
〓たてよ白鷺かるかの辻で 羽交い揃えて立つ前か
〓飛騨の荘川出てゆく時は ないて見返る牧戸橋

5.千本搗 3'16"
〓アー飛騨のヨーホーエ 荘川ハイナーノンケイナー
よい所イヨー ハーヨーイヨーイ
ソーラおう者の音頭でイナー ソーレサ 凡夫がおどるヨー
ハーヤートコセー アーイヤナー
アリャリャノコレワイセーノ ナンデモセー
〓    金山 金がこぼれる袂から
〓踊らまいかよ广野の御坊で 千両 かゝえして



§130.木曽の民謠
手島高幸(デンスケ取材)
牛山仁郎他 木曽踊保存会
1.高い山 1'45"
◎これは祝唄・酒宴唄として唄われている
〓高い山からアー 谷底見ればのーイソレ
瓜や茄子のオー 花盛りの
ハリワ ヨーイ ヨーイ ヨイ
〓こゝのお背戸にゃみょうがと蕗と
冥加めでたや 冨貴繁盛

2.石搗唄 1'43"
〓今日は日もよし 石場がすわる
石場すわれば コリャ 酒が出る オモシロヨー
サーヨッサイ
〓こゝはいぬいか いぬいの隅ッこ
お搗き始めて おめでたや

3.木曽甚句 1'00"
◎木曽節以前から盆踊りに唄われて且つ酒宴唄として唄われている。
〓木曽のナー 御山に 切る木はあれど
思い切る木は更にない
〓来いと言われて行くその夜さの
足の軽さよ嬉しさよ
〓声はすれども姿は見えぬ
あれは草葉のキリギリス

4.須原ばねそ 1'21"
◎須原村を中心に唄われる盆踊り唄
〓ハーヨーイ コーレエー
須原ばねそは お十六ばねそ 足で九つ手で七つ
手で七つ 足で九つ 手で七つ
〓百姓止めても 木樵りは止めぬ あわせめんぱの味のよさ



59.
§131.名古屋市守山区大字川 の盆踊唄
手島高幸 阿部 正 1964.8.18取材
世話人 谷口末広
1.菅笠踊(御詠歌つき) 5'22" 梅村はる子(53)
◎盆踊りの最初に御詠歌が唄われるのが慣習となっている
〓父母のめぐみもふかき こかわ寺
仏のちかい たのもしのみや (以下すげがさ踊)
〓一つとイイエー 一人の娘がおつるとて
年は九つ 名はおつる おおあいらしやー
〓二つとイヽエー ふしゃくにおいづる杖に笠
巡礼姿のやさしさよ おおやさしょさよー
〓三つとイヽエー 見るより おらは立ち上り
お盆にしらがのこゝろざし おお持ちたまえー
〓四つとイヽエー ようこそ西国さしゃんした
さだめし つれしゅうは おやこづれ おおなつかしやー
〓五つとイヽエー いえいえわたしは一人旅
とゝさま かゝさま あいたさに おお西国をー

2.日傘踊 3'42" 三浦みき(54)
〓一つと イイエー 一枝に咲いたる白椿ィー
すまづにごまづ出づ入らづ おお出づ入らづ
〓二つと イヽエー ふだん桜かみ桜か
お前の花はなしの花 おおなしの花
〓三つとイヽエー みごとに咲いたる蕗の花
ちるまい散るぞよ蕗の花 おお蕗の花
〓四つとイヽエー 夜は咲けども昼は又
はづかし顔で夕ご花 おお夕ご花
〓五つとイヽエー 何時/\坊様咲く花は
盆には見せます はすの花 おおはすの花

3.扇子踊 1'41" 三浦きわ(48)
〓芽出た/\のヨオ 若松さーまのヨー ソレソレ




枝もさかえて 葉もしげるヨ ソノヨー ナノヨー ソレソレ
〓今夜こゝにねて 明日の夜はどこよ
あすは田の中 あぜまくら
〓わしの若い時 ちりめんたすき
今は縄帯 縄たすき
〓盆の夜さが やみならよかろ
お手を引かれて豆畑へ
〓竹に雀は しなよくとまる
とめてとまらぬ 色の道

4.手拭踊 4'05" 三浦ちよの(50)
〓芽出た ヨーナ 芽出たの若松さまよネ ヤイトサノセ(手拍子)
枝も栄えて(拍) 葉も繁る ササヤトコセ(拍) イーヨーイヤナ(拍)アリャヤコリワーノセ(拍)
〓見たか 見てきたか名古屋の城は
金の鯱ほこ 雨ざらし
〓松の葉でさえ二人でねるに
広いばしょう葉で私一人
〓わたしゃ 十六ささぎの年
たれにつましょか 初ホリを
〓ほれた ほのじににごりをうてば
ほれたのじゃない ぼけたのじゃ

5.手踊 1'47" 梅村ちよ子(48)
〓芽出た/\の若松さまよ ネーヤーエ
枝も栄えて葉も繁る トコ ヤッササー
葉も繁る バイトコ ズイ/\
〓信州信濃の新そばよりも
私しゃあなたのそばがよい
そばがよい
〓さくら花かよ 我が友だちは
どこへ散るやら ちらばらと
ちらばらと



61.
〓揃った/\よ 踊り子が揃った
稲の出穂よりよく揃った
よく揃った
〓伊勢へ参ったら 浅間をかけよ
浅間かけねば 片参宮
片参宮

6.大踊(なぐりこみ) 1'45" 梅村市松(62)
〓(拍)芽出た/\の若松さまよ
ハー枝も栄えてー 葉も繁るー
〓揃った/\よ 踊子が揃った
ハー 稲の出穂よりよく揃った
〓盆がきたらこそ わりに米まぜて(わりは麦のこと)
なすび酢あえに味噌つけて
〓今年ゃ豊年穂に穂が咲いて
道の小草に米がなる
〓高い山から谷底見れば
瓜やなすびの花ざかり

7.せこ踊(川村踊) 2'45" 梅村 末(51)
〓芽出たヨ 芽出た ヨイナー
三つ重なりて エー
鶴がヨ 御紋にヨイナーヨイソラ 巣をかけたエー
〓鶴が 御紋に
なというてかけた
お家御繁昌というてかけた
〓踊る若い衆は
どこの衆でござる
どうせ川村の衆でござる
〓堅い約束
石山寺で
石の土台の腐るまで



〓お前百まで わし九十九まで
共に白髪の生えるまで

8.しょんがい踊 3'32" 三浦錠太郎(60)
〓ヤレーエーヨイヨイ
しょんがい踊りは この様なものかどうじゃ ヨイヨイ
足を揃えてヨー
手をたゝく{しょんがいのやれー手をたたく まんだも手をたゝく 足を揃えてヨー 手をたゝく しょんがいの}({ }内を以下くりかえす)
〓盆のお十五日や お寺の施餓鬼どうじゃ
せみが経よむ
木の裏で
〓宮の熱田の二十五丁福は たれがかけたか中庭に
たれよかきゃせぬ 石屋がかけた
石屋お上手で中庭に
〓宮のつき出しから桑名をみれば
やれ桑名の女郎衆が お舟のへ先で酒盛なされる
そそがぬれます さし潮で
〓わしがまゝなら小牧の山を
やれお鍬でおこして 場をよくならして 六地蔵たてます
往きも戻りもよ後生を願う

9.ちょいとせ踊 2'00" 梅村鋳一(61)
〓エー イエー
芽出た 芽が出た 枯木の枝によ チョイトセ
枯木 小枝に ソリャソリャ 花が咲くエー
〓咲いた桜に なぜ駒つなぐえ
駒がいさめば 花が散るよ
〓色で身を売る 西瓜でさえも
中にゃ苦労の種がある
〓遠くはなれて あいたい時は



63.
月が鏡となればよい
〓音頭出す子が 橋から落ちて
橋の下から 音頭出す

10.角力踊 4'00" 谷口末広(53)
〓エーエ 角わがヨー ホーイホイ あるげな御■■が森に
エートコ ドッコイ /\/\ショー
エー お関ヨー ホーイホイ 揃いのコリャーエー 花角力がエー
トコドッコイ/\/\ショー
〓角力に出るなら 身をよく清め
負けてござるなと関脇に
〓佐渡と越後の境の桜
枝が越後で根が佐渡で
〓鷺の鳴くのに 白地のゆかた
あれは東の お関取り
〓角力は今日限り 関取りゃ帰る
後に残るのは土俵と砂

川の盆踊りの名前は女性が唄う1〜5迄は、その手にもつ持物の名がとられる。手踊というのは何ももたないで手で踊ることからつけられた。6〜10は男の唄で、大踊(なぐりこみ)は踊りの中で手拍子をうちながら中央に寄っていく身ぶりからつけられたものらしい。
こゝの盆踊りも二年前から行われていないそうだ。残念なことだ。

§132.南知多町師崎 1964
1.かけ踊り 11'30" 山下徳行(33)
太田龍男(37)
〓師崎踊りエー
「師崎お盆のソレエかけ踊りエー」



〓目出度/\が三ツ重なりて「ソレエ」
おらがおせどにみょうがとふきと「ソレエ」
みょうが目出度やふき繁昌や「ソレエ」
鶴が御門え巣をかけたとや「ソレエ」
鶴が御門え何と云うてかけた「ソレエ」
師崎御繁昌と云うてかけたエー
「師崎御繁昌と云うてかけた ハーリワヨイ
ハヤアコノコノ ハ、ハ、ハ、ヨイヤセ」
〓人目しのんでここまできたが「ソレエ」
月にてらされ羽豆★はづ★がさき
「月にてらされ羽豆がさき ハーリワヨイ
ハヤアコノコノ ハ、ハ、ハ、ヨイヤセ」
〓堅いことでは誰にも負けぬ「ソレエ」
私しゃ岬のあのうばめがし「ソレエ」
堅いからとて石ではないよ「ソレエ」
恋のほのおにゃもえやすい
「恋のほのおにゃもえやすい ハーリワヨイ
ハヤア コノコノ ハ、ハ、ハ、ヨイヤセ」
〓よいやせがそろたら
春の小鳥めがのきばつとうて
さえずることにゃ 「ソレエ」
今年は世が良て豊年年よ 「ソレエ」
ほにほがさいて早稲で七石なかてで五石 「ソレエ」
ましてやおくては十二石なり 「ソレエ」
ますもいらぬが とかけもいらぬ 「ソレエ」
ますやとかけはとだなに入れて 「ソレエ」
俵立ておけ み ではかるエー
「俵立ておけ みではかる ハーリワヨイ
ハヤア コノコノ ハハハ ヨイヤセ」 (以上山下氏)
〓よいやせがそろたら



65
沖の暗いのにしらほが見える 「ソレエ」
あれはいづこのなに舟だエー
「あれは紀の国みかん舟 ハーリワヨオイ
ハヤアコノコノ ハ、ハ、ハ、ハヨイヤセ」
〓よいやせがそろたら
ここは南知多師崎港 「ソレエ」
羽豆のお宮に参拝いらし 「ソレエ」
一寸出てみれば ここに一ツの記念碑がござる 「ソレエ」
さてもとうとき 護良王よ 「ソレエ」
客をまつのか 待合浦よ 「ソレエ」
せきをへだてる びょうぶが岩よ 「ソレエ」
中をとりもつ あの中岳や 「ソレエ」
はのゝ岳にて 東をみれば 「ソレエ」
鶴はおらねど あの かめがさき 「ソレエ」
さんさ踊りの おんどが岳や 「ソレエ」
ひより山から 東西みれば 「ソレエ」
出舟入舟かがりの舟や 「ソレエ」
観光舟やら あれは釣り舟よ 「ソレエ」
沖のかもめが泣く声きけば 「ソレエ」
知多の名所はエー 師崎のだエー
「師崎よいとこ皆おいで ハーリワヨイ
ハヤアコノコノ ハハハハヨイヤセ」
〓よいやせがそろたら
すやのすき門さは すい事が好きで「ソレエ」
一寸出るにも すずしの羽織着て
すすたけのつきをついて
すごすごと御座った 「ソレエ」
すやのすえ門さんがようマァーおいでた 
御上りなされ 「ソレエ」
御酒を出そうかと早思いつき 「ソレエ」



御酒の魚に何々よかろう 「ソレエ」
たいの浜やき あわびのすあエー 「ソレエ」
すだこにゃ すれんこ
三つどんぶりには すぞうめんよ 「ソレエ」
何にもかんにも すっぺりごっぺり
すのものづくしでなー
すあげ師崎 越いたエー
「師崎 越いた ソウレエ オイセ 踊リエー」

2.真向★ぬけ★踊り 7'15" 中山錬藏(50)
(前のかけ踊りから続けて歌う)
〓さらば これより きりかえて見ましょう「アラヨーイヨイ」
どこのどなたも踊らせたまエー
「ソラヤーアアトセエーエーヤ アトウセー」
〓花の江戸のそのかたわらに
聞くもめずらし真珠話しが
〓■田谷の新宿町よ
こんののれんにききょうの門は
〓おとに聞えし橋本屋とて
あまた女郎しゅうのあるその中に
〓おしょく女郎しゅうのしらいとこそは
としは十九でとうせいそだち
〓愛敬よければ みなひとさまが
われも/\と名指してあがる
〓わけてお客はどなたととえば
春は花咲く青山辺の
〓鈴木主水という侍が
女房もちで二人の子供
〓五つ三つはいたづらざかり
二人子供のあるその中で
〓今日も明日もと女郎買いばかり ……f.o.



67.
3.おしょくり節 1'35" 中村正雄(67)
〓あーいやという奴 むりつかまえて 「アーコリャコリャ」
入れてなかする「チョイ」やれ かごの鳥 「アーヤレコゲソレコゲ」
どっこいどこいは田舎の角力だよ
あーやれこげそれこげ
〓あー宮のごんざにおかるがなけりゃ「アーコリャコリャ」
こんなおしょくりゃ「ホイ」やれ こぎゃせぬ「アーヤレコゲ ソレコゲ」
川さきや安いぞ
あー津へこげ津へこげ
(ごんざは問屋のこと。おかるはそこにいる女中の名を示す)

4.よいこの節 4'06" 間瀬勝彦(59)
〓「アーコリャ/\/\」
まずこんにちのめでたさはー
まん吉日の日をとりて
床の周りの掛物は
守り神とは申すなり「アーコリャ/\」
〓台の周りに 松植ゑて
お神酒そなえてふしおがむ 「アーコリャ/\」
〓一の枝には金がなる
二とまえ呼ばりし その枝に「アーコリャ/\」
〓しろがね こがねのよねがなる
三とよばりしその枝に 「アーコリャ/\」
〓鶴がはやしで亀が舞う
何と舞うぞよとたちよりきけば
御家ごはんじょうと 「アーコリャ/\/\」
舞をする ションガイナ
ヤチヤ モチヤ ホメモウス
ホメソコナッタラ ゴメンナサイ
メデタキモノハ ヤブレガヤ 鶴ヨリ先ニ



亀がマイコンデソウロウ
ソノ光 アコリャ/\/\

5.いさみ音頭 全員
〓めでた/\の若松さまよ 「アーソサレ/\」
枝も栄えて舞も繁る 「ソラヤトコセ ヨイヤナ
アリャリャ コレワイセ サヤレコノエー」
〓東上総や 一味の郡  〃
村の小名をば 神置村よ 〃
〓池田源兵衛の総領息子 〃
角力取にて白藤権太 〃
(以下添附プリントにあり)

師先の盆踊り 昭和33年7月 郷土史家 山岡藤市氏の記録写し
1.あらまし
我国で盆踊りが文献に見えた最初が室町時代であり、その全盛期は貞享元禄以後らしいといわれているが、我が師崎の盆踊りの創始は、起源沿革■すべきものがないために知る由もないが、考察するに私は、おそらくその全盛期といわれている貞享元禄時代より、やゝおくれて起ったと思うものである。
 だから、盆踊りとしては、この地方としてもっとも古い部に属するだろうが、全国的にみれば、そんなに古い部には入れないと思われる。しかし、その創始は、当地方では有名な当地の氏神羽豆神社の古式ゆかしく崇厳華れいといわれる祭礼の行事と同時に行ったという人もあるが、私は祭礼よりやゝ古く創始されたと思うものである。
 それはこの祭礼の記録の一つに「−−右の通宝暦年中よりその先不知も、今享和三年迄年々相済し云々」とあり、この記録によれば、祭礼の行事(余興)はその当時も今も少しも変っていないから当然、記写の行事の部に、盆踊りが「いさみ」のあとに組まれていると思えるから、祭礼の行事と同時に創始されたとの説が出るのも



69.
満更根源なしともいわれないが、もしそれならば、祭礼創始時の青年は、祭礼の昼間の行事中に大名行列(道中やっこ)があり、このやっこの役は青年の担当で、手振り足振りといと面白く踊るが、それはなかなか難しい踊りで「やっこなら」といって毎年祭礼前夜間一週間位も稽古したのちででなければ踊れないほど手のこんだものであるので、この踊りを習得するだけでも大変なのに、加えて加えて、盆踊りの稽古もなさなければならないことになり、青年以外の男女は、村中総踊り的行き方の当地の盆踊りのこととて、これまた踊りを稽古して身につけねばならなかったわけだから、何ら予備知識をもたず青年はやっこと盆踊り、一般の男女は盆踊りの稽古に明け暮れ村中総稽古の日を幾日も送ったこととなるが、如何に昔の世の中が太平無事でのんびりしていたとはいえ、そのようなことは不可能のことと思えるから、私は盆踊りの祭礼同時発生説を否定するもので、あくまで師崎の盆踊りは、祭礼の行事がきまる以前にすでに土地に入っていて、老若男女を問わずにこれを習得して盛んに踊っていたので、はじめ祭礼を計画したとき、その行事の中へこれを入れることがもっとも効果的と見て、盆踊りを組入れたものとの見解をもつものである。
 だから師崎の盆踊りは羽豆神社の祭礼行事より、やや以前に創始されたものと、私は信じて疑わないのである。
 又年号よりみても、貞享元禄の世は、1984年から1701年で、祭礼の記録に見える祭礼の起った宝暦年中は1751年から1763年だから、その時代としては手頃の年代の隔たりと思うものである。
 又踊りも音頭も、独特のものではないようである。当面知多地方で、一般にうたわれている音頭であり、踊りであって、特に変ったところは見えない。しかもよく観察すると、土地土地により、歌の調子、踊りの手振り足振りに、多少異っているところをもっているが、その程度の変化はあるが……
 踊りも剛的なものと柔的なものと二種類で、全国共通的であり、踊りは音頭出し(歌い手)と太鼓打ちを中心にして、音頭出しの音頭に



合せ、盆踊り唯一の楽器である太鼓打ちの打つ太鼓の音に和して、輪になって踊る輪踊りで、中踊り外踊りなどの形式は用いられていない。
音頭は長篇の口説歌が主で、地方色の濃い短小の歌は少い。又歌は音頭出しが歌い、その間の囃し言葉を踊りながら囃す方式が主だが、その他に音頭出しと踊り手とが、一節づつ掛合いで歌う掛合方式もある。
 この師崎の盆踊りに特筆すべきものが一つある。それは往時より現在に至るまで一戸一枚以上踊りゆかたと称する踊りの時のみにきる白木綿の淡衣地に「浪の上に躍る鯛」「日の出に松と鶴」「松竹梅」「竹に虎」「紅葉に鹿」「鯉の滝登り」「梅に鴬」など、夫々に好みの絵模様を染めぬいた踊り衣裳を備えていて、町中総踊りの態勢が昔も今も変ることなく整えられていることである。師崎人である以上一人として、この盆踊りの踊れない者のないことである。衣裳を揃え町中総踊りの態勢が整えられているところは、全国でも多くその類例を見ないだろう。
 しかし、この衣裳の発生は、盆踊りの創始と同時ではなく、師崎の盆踊りの起源とは逆に、氏神の祭礼行事にとり入れられた時が、その起りと思える。
 それは踊りゆかたの絵模様にお経的感じのものが多く、又これを着て踊るのが祭礼時を通例とするし、第一最初氏神の祭礼位を利用、半強制的にととのえさせなければ、こんなに普及徹底しなかったと思えるからである。
 それから師崎の盆踊りは、旧盆7月14、15、16の夜と、他の地方とは違って氏神羽豆神社の祭礼時、旧暦8月13、14,15日の夜行われ、特に旧盆14、15日、旧暦8月14日夜が盛んで夜通し踊るわけである。

2.踊りの種類
師崎の盆踊りには餓鬼★かけ★踊りと真向★まぬけ★踊りの二種がある。盆踊りの分類に従って大別すると、前者は剛の部に属し、後者は柔の部に属するというべきだろう。(以下次冊へ)